エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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8章 / 全10

翌朝、厨房の棚を見たぼくは、思わず数え直した。白い根菜も、香りの強い葉も、昨日たしかに確かめたはずの果実も、見事に消えている。木箱だけが整然と並び、まるで最初から空だったとでも言いたげだ。昨日の冒険で森の恵みを持ち帰ったばかりなのに、今度は何が起きたのか。ぼくがエプロンの紐を結び直していると、園長が窓の外を見たまま低く言った。 「今日は、足りない理由が違う気がするね」 その言葉どおりだった。昼の献立に必要な食材がごっそり足りないだけでなく、園の空気そのものがそわそわしている。園児たちはもう気づいていた。匂いに敏感な子は鼻先をひくつかせ、暗がりを見るのが得意な子は棚の下をのぞき込み、慎重な子は何も言わず木箱の縁を指でなぞっている。誰もが、これはただの不足ではないと感じていた。 そこへ、園庭のほうから細い鐘の音がした。門番の小さな妖精が、青い封筒を一枚差し出す。封蝋には、見覚えのない市場の印が押されていた。 「森の向こうの市が、返礼を待っています」 返礼。つまり、ただ買えばいいわけではないらしい。園長は封筒を開き、短くうなずいた。 「食材は、礼を尽くして迎えるものだよ。行こう」 ぼくは目を丸くしたが、もう引き返す理由もなかった。子どもたちはわくわくした顔で、役目を探して列を作る。香りを追う子が先頭に立ち、地面の変化に気づく子が足元を確かめ、力の強い子が籠を背負う。いつも食べるのに時間がかかる慎重な子まで、今日はまっすぐぼくを見た。 「ぼく、道を覚える」 その声は小さいのに、ひどく頼もしかった。 森は、昨日までよりも深く息をしていた。木々の間を抜ける風が、甘い匂いと土の匂いを混ぜ、道を隠したり、示したりしてくる。先頭の子が鼻を動かすたび、見えない糸をたどるように進路が決まった。やがて、白い実をつけた低木が現れる。手を伸ばすと、実はふわりと枝先を逃げた。 「追うとだめだよ」 慎重な子がしゃがみ込み、枝の揺れを見つめる。みんなが息をひそめると、風が止み、実はちょうど籠へ落ちる高さまで下がってきた。ぼくは笑いをこらえきれなかった。食材は、急げば遠ざかる。ここではそれが、何度でも教えられる。 だが、森の奥へ進むにつれ、道は細くなった。大きな根がうねりながら地面を塞ぎ、まるで通してくれない。行き止まりかと思った瞬間、重いものを運ぶのが得意な子が前へ出た。彼は根に触れず、地面を一定の間隔で軽く叩く。すると、根の動きが少しずつほどけていく。怒っていたのではない。ただ、自分たちに気づいてほしかったのかもしれない。 道が開くと、みんなは一斉に息をついた。けれど、そこはまだ森の途中だった。やがて木立を抜けると、昼なのに夕暮れみたいな灯りをともした市場が現れた。屋台には、探していた根菜や果実が並んでいる。だが売り手の姿は見えない。木札だけが揺れていた。きちんと準備した者だけが持っていける、と。 ぼくたちは迷わなかった。手を洗い、籠を整え、道中で集めた香草や葉をそっと供える。すると、無人だったはずの屋台の鐘が鳴り、棚の奥から果実がひとつ返ってきた。次に根菜、次に乾いた豆。見えない誰かが、こちらの礼を見て、少しずつ応えているらしい。 園児たちは騒がず、でも目を輝かせた。いつもは食べるのが遅い子が、最初に実を受け取り、匂いに敏感な子がそれを胸いっぱいに吸い込む。 「返してくれた」 そのひと言で、ぼくは悟った。あの市場は、食材を奪う場所じゃない。受け取る前に、こちらが何を差し出せるかを試す場所だったのだ。 帰り道、荷はずしりと重かった。けれど不思議と足取りは軽い。園に戻ると、厨房ではすぐに火が入れられた。果実はやわらかな煮込みになり、根菜はとろけるようにほどけ、香草は湯気の中で静かに広がる。配膳の時間、いちばん慎重だった子が、今日は迷わず皿を受け取った。 「できた」 そのひと言で、厨房がしんとした。ぼくは空になった棚を見てから、ずらりと並んだ皿へ視線を移した。足りないはずの食材は、探しに行くことで、助け合う手つきまで連れて帰ってきたのだ。 園長が、湯気の向こうで静かに笑った。 「食材は、集めるほどに増えるものがある」 ぼくはうなずいた。明日もきっと、何かが足りなくなる。けれどもう怖くない。ここでは不足さえ、誰かの得意を見つける入口になる。ぼくは鍋の火を少し強め、子どもたちの笑い声が夕方の窓へ溶けていくのを見送った。

8章 / 全10

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