エラベノベル堂

モンスター園の給食担当

全年齢

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8章 / 全10

厨房へ戻ると、さっきの遊戯室の空気がまだ少しだけ残っていた。久美子は食材の入った袋を作業台に置き、深く息を吐く。 「よし。ここからは、ちゃんと安全に手伝える場所を作ろうか」 「てつだえる?」 小さなモンスターが、遠慮がちに顔を上げる。久美子はにこりとした。 「もちろん。危ないところに入る前に知らせる合図も、ここで覚えよう」 園児たちはすぐに寄ってきた。棚の前に低い台を置き、届くものだけを並べ直す。見習いの子には、包丁の代わりに布で包んだ野菜を運ぶ役を任せる。久美子が手本を見せると、すぐさま真似する影が増えた。 「これは運ぶ係ね」 「じゃあ、ぼくはこっち!」 「まぜるのは、だれ?」 「混ぜる前に、順番を守る子!」 そんなふうに声をかけた途端、園児たちの目がきらりと光った。だが、それは少し危ない予感でもあった。 「ぼく、かるくはやくできる!」 「わたしのほうが、きれいにきざめる!」 「こっちのほうが、いっぱいまわせる!」 いつの間にか、刻む、混ぜる、運ぶの三つ巴が始まっていた。まるで厨房の中に、見えない線が引かれたみたいに、みんなが自分の得意を競い合いはじめる。 「ちょ、ちょっと待って。競争じゃないのよ」 久美子が声をかけても、包丁代わりの道具を持つ手は止まらない。 「いちばんはやいよ!」 「いちばんまぜる!」 「いちばんとおくまで!」 「すごい、すごいけど、そこまで!」 久美子は慌てて手を打った。だが、園児たちは止まるどころか、ますます張り切ってしまう。刻む子は細かくしすぎ、混ぜる子は勢いよく渦を作り、運ぶ子は小さな足で駆け回る。厨房のあちこちに、笑い声と足音と、食材の香りがぶつかり合う。 「久美子せんせい、これでどう?」 「こっち、ぼくのほうがうまい!」 「わたしのは、こぼれてない!」 次々に差し出される出来栄えに、久美子は目を白黒させた。ひとつひとつは確かに見事なのに、並ぶともう、料理というより大会の結果発表みたいだ。 「ええと、上手よ。でも、みんなが速くなりすぎると、食材がびっくりしちゃうから」 「びっくり?」 「そう。おいしいものは、急がせるより、気持ちよく運ぶほうがいいの」 その言葉に、ようやく何人かが首をかしげた。見習いの小さなモンスターも、両手に持った袋を見つめて動きを弱める。 久美子は笑って、今度はゆっくり手を広げた。 「勝ち負けはなし。きれいにできたら、次の子へ渡す。刻む人、混ぜる人、運ぶ人は、順番で入れ替えるの。みんなが主役だけど、競争じゃなくて、協力だからね」 「きょうりょく……」 「そう。厨房は、走る競技場じゃなくて、ひとつのチームなの」 園児たちは一斉に顔を見合わせた。さっきまでの熱気が、少しずつ輪になって整っていく。久美子は散らばった野菜をまとめ直しながら、やっと肩の力を抜いた。 「よし、次はちゃんと流れを決めましょう。急がなくても、みんなでやれば間に合うから」 そう言った瞬間、また誰かの元気な声が厨房に弾けた。今度はそれが、混乱ではなく、始まりの合図みたいに聞こえた。

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