エラベノベル堂

灯台守の小さな選択

全年齢

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6章 / 全10

翌朝の準備テントは、布の壁越しにざわめきだけを通していた。正人は畳んだ椅子の脇で立ち止まり、机の上に置かれた金属箱を見た瞬間、昨夜まで抱えていた違和感がほどけていくのを感じた。黒っぽい小箱は、盗まれたでも奪われたでもなく、ただこの会場へ一時的に移されていただけだったのだ。 「やっぱり、ここにあったんですね」 向かいで作業の手を止めた青年が、ばつが悪そうに笑う。老婦人の孫だと名乗ったその声には、隠し事をしていた者の気配が残っていた。 「祖母には言ってないんです。昔の関係者を集める準備を、先に進めたくて」 「関係者、ですか」 「ええ。手紙の相手も、町の行事を覚えてる人たちも、みんなで一度、顔を合わせられたらと思って」 正人は小箱の角に指先を添えた。移動の理由が盗難でないとわかっただけで、胸の中の結び目が一つ外れる。だが同時に、別の疑問が立ち上がった。 「祖母に内緒で、ここまで?」 「驚かせたかったんです。あの人、あの手紙を開ける勇気がないまま、ずっと抱えてきたから」 その言葉に、正人は帳簿の朱印と、老婦人の沈黙を思い返した。金属箱は失せ物ではなく、誰かのためらいと願いを運ぶ器だったのだ。 「なるほど。だから、箱を動かした」 「はい。ちゃんと戻すつもりでした。悪いことをしてるつもりはなくて……でも、説明が足りませんでした」 正人は苦笑し、ゆっくりうなずく。 「足りなかったのは説明だけじゃないかもしれません。でも、意図はわかりました」 孫はほっと息をついた。テントの外で誰かが椅子を並べる音がして、準備の気配が一段濃くなる。 正人は箱を見下ろし、そこに眠る手紙の意味を頭の中でつなぎ合わせた。個人の記憶、町の記録、そして誰かの背中を押すための仕掛け。全部が一本の線で結ばれ始めている。 「中身を見れば、もっとはっきりしますよね」 「たぶん、ええ。祖母がどこまで覚えているか、それも含めて」 その返事の途中、テントの入口から朝の光が差し込み、箱の縁を細く照らした。正人はその光を目で追いながら、まだ言葉にならない予感を抱える。手紙は、ただ過去を閉じ込めたものではない。もっと大きな意図へとつながっている。そう思ったところで、テントの外から 「朝倉さん」 と呼ぶ声がした。

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