控室の空気は、外の喧騒が薄くほどけたぶんだけ静かだった。正人は折り畳み椅子の背に手をかけたまま、孫の青年の言葉を待つ。机の上には、さっき見た黒っぽい小箱が置かれている。見慣れたはずのそれが、今は妙に軽く見えた。 「祖母は、あの箱の中の手紙を待っていたんです」 青年はそう切り出してから、少しだけ視線を落とした。 「でも、待っていたのは、その手紙そのものじゃない。昔、町を出たまま連絡が途絶えた友人からの返事です」 「返事、ですか」 「ええ。祖母はずっと送った側だと思っていた。でも実際は、返事を受け取る前に、箱ごと時間が止まっていたみたいで」 正人は箱の角を見つめた。中身を守るための容れ物だと思っていたものが、別の意味を帯びていく。 「だから、箱は手紙を隠すためじゃなくて」 「再会の口実にするためです」 青年は苦笑した。 「祖母は、相手の名前を言うたびに途中で止まってしまうんです。会いたい気持ちはあるのに、いざとなると、昔のままの距離に戻れなくなるんでしょうね」 正人は、昼の掲示板前で見た老婦人の横顔を思い出した。感謝状の下書きに触れる指先は落ち着いていたのに、その奥には、まだ言葉にできない揺れがあった。 「つまり、箱そのものが約束の継ぎ目だったんですね」 「たぶん。祖母にとっては、開ける勇気を持つための合図でもあったんだと思います」 控室の隅で、誰かが紙束を整える気配がした。けれど正人の耳には、その音さえ遠かった。失せ物探しだと思っていた依頼は、いつの間にか、誰かの背中をそっと押すための準備になっている。 「朝倉さん」 青年が小さく呼ぶ。 「はい」 「このあと、祖母があの箱を見たら、きっと笑うと思います。驚くより先に」 正人はうなずいた。温かい、としか言いようのない予感が胸に広がる。けれど同時に、まだ決定的な一歩が残っているのもわかった。返事を待つ友人が本当に来るのか、それはまだ誰にも断言できない。 「じゃあ、箱はここで大事にしておきましょう」 そう言って正人が椅子を引くと、控室の戸の隙間から外の光が細く差し込んだ。箱の表面に一筋の明かりが走り、まるで、まだ開かれていない言葉の入口みたいに見えた。
灯台守の小さな選択
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