机の上に広げた古い新聞のコピーは、黄ばんだ紙の匂いまで思い出させた。拓海は蛍光灯の下で、欄外広告の細い活字をなぞるように見つめる。自分のメモに残った文字列と、似た形の並びを見つけた瞬間、背筋が少しだけ伸びた。 「やっぱり、ただの誤入力じゃない気がする……」 鉛筆を握り、新聞の一文をノートに書き写す。a と d が、妙に一定の間隔で繰り返されている。意味はわからないのに、形だけは不思議と整っていた。 「何これ、呪文みたい」 ふいに背後から声がして、拓海は振り向いた。部屋の戸口に、妹の美晴が寝間着姿のまま立っている。さっきまで廊下を歩く気配もなかったのに、まるで影みたいに現れた。 「勝手に入るなよ」 「だって、お兄ちゃんが難しい顔してるから。これ、なに?」 美晴は机の上の紙をのぞきこむ。拓海が手で隠そうとするより先に、彼女は文字列の最後を目で追って、小さく首を傾げた。 「ねえ、最後のところさ。人の名前の略みたいじゃない?」 「人の名前?」 「うん。最初のところはぐちゃぐちゃだけど、最後だけ切り取ると、誰かが急いで書いた記号みたい。ほら、知ってる人に向けた合図とか」 拓海は言葉を失った。今までずっと、ただの謎を追っているつもりだった。けれど美晴に言われて初めて、その文字列が自分とは無関係な遊びではなく、誰かの意図を含んでいる可能性が胸に落ちてくる。 「……誰かが、俺に向けて残した?」 「そうかもしれないし、違うかもしれないけど」 美晴は肩をすくめたあと、机の紙を指先で軽く弾いた。 「でも、こういうのって、見つけてほしい人がいる時の顔してるよね」 拓海は新聞の文字をもう一度見た。さっきまでの違和感は消えない。けれどそれは、ただの正体のないノイズではなくなっていた。向こう側に、誰かの呼吸がある気がした。 「見つけてほしい、か」 つぶやくと、美晴は 「でしょ」 と短く笑った。その笑い声が消えたあとも、部屋の静けさの中で文字列だけが妙に鮮明だった。拓海はノートを閉じず、写し取った並びを何度も見返す。a と d の繰り返しは、やはり何かの癖みたいに見えた。 ページの端に、指先で触れた跡が残る。そこに残された手触りが、誰かの手から自分へ渡ってきた糸のように思えて、拓海は息を呑んだ。
断片を結ぶ町
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