直人が紙片の出所をたどっていくと、真琴がまとめてくれた資料の中に、町内会の古い回覧板が見つかった。そこには、火災のあった年の夏祭りについて、誰もが口をつぐんだまま通り過ぎた出来事が断片的に記されていた。写真館が焼けたのではなく、火の手を見つけた誰かが、最初に知らせるべき家へ走る途中で転んだこと。そのせいで、助けを呼ぶ声が一瞬遅れたこと。誰もが知っていたのに、誰もが少しずつ違う形で覚えていた。 直人は机に広げたメモを見つめた。おかえり、帰り道、まだでしょ、言えなかったことは、あとで届く。どれも誰かを責めるための言葉ではない。行き先を失ったまま、ずっと胸の中で湿っていた声だ。真琴は静かに言った。 「これ、誰か一人の秘密じゃなくて、町全体の癖みたいなものかもしれませんね」 翌日、少女は祖母を連れて図書室へ来た。祖母は小さく笑うと、古い封筒を差し出した。封筒の中には、写真館で働いていた人が残した手紙が折り畳まれていた。そこには、あの夜、助けに向かったのは自分だったこと、でも間に合わなかった誰かを責めないでほしいこと、そして、いつか笑って話せる日が来るなら、その時はただ名前を呼んでほしいことが書かれていた。 直人は息を止めた。真実はひとつなのに、町の中では何年も別々の形で眠っていたのだ。だが手紙の最後にあった一文が、彼の胸を強く打った。 言葉は遅れても、誰かの手に届く。 その夜、商店街の掲示板に、新しい紙が張り出された。長い説明はなく、火災の夜に走った人の名、助けられなかった悔しさ、そして誰も悪者にしないという約束だけが、余計な飾りのない文で並んでいた。直人は校正の目で何度も読み返し、削るよりも残すことの難しさを知った。真琴は最後の一行を書き足した。 あの日の続きを、ここから始める。 朝になると、掲示板の前に人が集まっていた。誰かが花を置き、誰かが手を合わせ、誰かが長く会っていなかった隣人に声をかけた。町は急に変わったわけではない。だが、沈黙の底に沈んでいた温度が、ゆっくりと戻ってきていた。 その輪の端で、直人はふと気づいた。最初の紙片を見つけた電柱の根元に、今はもう何も貼られていない。けれど風が吹くたび、そこにいる誰かの胸の奥で、まだでしょ、という小さな声が生きている。終わったのではない。ようやく、次へ進めるのだ。
断片を結ぶ町
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