エラベノベル堂

断片を結ぶ町

全年齢

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4章 / 全10

真琴が図書室の奥から持ち出したのは、古い町内会名簿と、祭りのときに撮られた写真の束だった。直人は机いっぱいに広げられた紙の上を、指先で慎重になぞった。名前、日付、店の並び。どれもありふれた記録なのに、断片の言葉と重ねると、まだ見えていなかった継ぎ目が少しずつ浮かび上がる。 おかえり。帰り道。まだでしょ。言えなかったことは、あとで届く。 それらはばらばらの標語ではなく、同じ出来事の周囲を何度も回っていた声だった。火災の夜、写真館の向かいに住んでいた少年を助けようとした人がいた。だが知らせる順番を一つ間違えたせいで、町の中に長い誤解が残った。誰かが悪かったのではない。ただ、誰もが傷つくのを恐れて、真ん中の言葉を飲み込んでしまったのだ。 「これ以上は、ひとりで紙にしないほうがいいですね」 真琴はそう言って、束ねた資料を静かに閉じた。 そのころ、紙袋の少女が祖母を連れて図書室へ来た。祖母は細い指で眼鏡を押し上げると、何年も使っていなかったという古い手帳を差し出した。開いた紙の端には、震える字で短い文章があった。あの夜、先に走ったのは自分だったこと。誰かを責めないでほしいこと。そして、いつか町が昔話をできるようになったなら、名前を呼んでほしいこと。 直人は息をのんだ。真実は派手ではない。むしろ、長くしまい込まれていた布のしわみたいに、触れなければ見えない。それでも確かにそこにあった。彼は校正の癖で文章の余分を削ろうとしかけ、すぐに手を止めた。今回は削るより、残すほうが大事だった。 夕方、三人は商店街の端にある掲示板の前に立った。真琴が下書きを整え、直人が言葉を詰め、祖母が最後に一行だけ付け足した。そこには長い説明はない。火の夜に走った人がいたこと。助けられなかった悔しさがあったこと。誰も悪者にしないと、今なら言えること。必要なことだけが、静かに並んでいた。 貼られたばかりの紙を、通りがかりの人たちが足を止めて読む。顔をしかめる者もいたが、やがて誰かが小さくうなずいた。八百屋の店主が肩の力を抜き、向かいの婦人が何十年ぶりかに写真館の名を口にした。少女はその様子を見て、胸の前で両手を握りしめた。 あの言葉たちは、責めるためではなく、呼び戻すために残されていたのだ。遅れて届いた声が、ようやく受け取られたのだ。 夜更け、直人は一人で電柱の前に立った。最初の一枚が貼られていた場所には、もう何もない。けれど風が吹くたび、どこかで誰かが名前を呼んでいる気がした。おかえり、という声は終わったのではない。町のどこかで、まだ続いている。直人はそう思いながら、空を見上げた。雲間から差した薄い光が、濡れた路面に細く伸びていた。

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