文具店の前で聞いた言葉が、まだ耳の奥に残っていた。子どもの遊び。秘密の交換メモ。約束。 拓海は千颯と別れたあとも、そのまま家には戻らず、河川敷へ向かった。夕方の風は少し湿っていて、草の先をなでるたびに、夏の匂いを運んでくる。さっきまで頭の中を占めていたのは、あの文字列だけだったはずなのに、今はそれがどこかに実体を持っている気がしていた。 「ほんとにあるのかよ、こんなの……」 独り言は、広い土手に吸われて消える。文具店の店主が指していたあたりを見つめ、拓海はゆっくり草をかき分けた。足元には乾いた土と、誰かが踏み固めたような細い筋がある。何度も人が通った跡ではない。けれど、まったく放置された場所でもなかった。 しばらく探していると、草の根元に鈍い光がひっかかった。 「……あった」 引きずり出したのは、手のひらより少し大きい古い缶だった。錆びてはいるが、ふたはまだ閉まっている。拓海はしゃがみこんで、指先でそっとこじ開けた。金属がかすかに鳴る。その音に、胸の鼓動が重なる。 中には、折りたたまれた紙片と、小さな紙の船が一つ入っていた。船は何度か水をくぐったみたいに、端が少しふくらんでいる。拓海は息を止め、紙片を広げる。 aaaaaaafdgdg。 見覚えのある並びだった。いや、見覚えがあるどころじゃない。何度も何度も追いかけてきた、そのままの形だ。 「やっぱり……これだ」 指先がわずかに震える。裏返すと、そこには短い一文だけがあった。 まだ覚えている? たったそれだけなのに、胸の奥に風が吹いたみたいだった。誰かの声が、紙越しに直接届いた気がする。懐かしいのに、知らないふりをしてきた感覚。ずっと前からそこにあったのに、気づかないまま通り過ぎていたもの。 「誰だよ、これ……」 答えはない。けれど、ただのいたずらなら、こんなふうに胸が痛むはずがない。拓海は紙片を見つめたまま、紙の船をそっと持ち上げた。軽い。軽すぎて、今にも夕風にさらわれそうだ。 そのとき、河原の向こうで風が草を揺らし、缶のふたがかすかに触れ合った。小さな金属音が、まるで続きを促す合図みたいに響く。拓海は紙片をもう一度裏返し、文字をなぞった。 まだ覚えている? 知らないはずなのに、知っている気がした。
断片を結ぶ町
全年齢小説ID: cmnfnx5g1003301o7q1x09efj
