拓海は河川敷から持ち帰った紙片を、台所の蛍光灯の下でじっと見つめた。夕方には見えなかったものが、夜の白い光の下だと少しだけ違って見える。薄い紙を指先でつまみ、照明にかざした瞬間、裏の文字がかすかに浮き上がった。 「……え」 思わず声が漏れる。まだ覚えている?の下、インクが抜けたような細い線が、何本も重なっていた。文字というより、紙の繊維に紛れた模様に近い。拓海は息を止め、角度を変える。すると、その線の群れの中に、見覚えのない数字と地名がにじんだ。 「住所、か……?」 慌ててメモを取り、見えた順に写す。途中で途切れているが、番地らしい並びは読める。しかも、最後の地名に覚えがあった。子どものころ、前を通ったことだけがある古い建物だ。今はもう閉鎖され、使われていない児童館。 拓海は紙片をテーブルに置いたまま、しばらく動けなかった。さっきまで、これは誰かの悪戯か、昔の遊びか、そのくらいに思っていた。だが、住所が出た瞬間、胸の奥で何かが静かに組み替わる。 「遊びじゃ、ない……」 台所の隅で電気ケトルが冷えきった音を立てた。美晴が眠ったあとで、家の中はやけに広い。拓海は紙片を両手で押さえ込み、もう一度透かす。数字の下に、かろうじて見える細い枠線があった。古い印刷の名残だ。誰かがあとから書いたのではない。最初からその場所に仕込まれていた。 「児童館……」 口にしただけで、喉が少し乾く。閉鎖された場所に、なぜ今さら手がかりが残っているのか。なぜ、わざわざここへ導くような形になっているのか。わからないことは多い。それでも、文字列がただの意味不明な並びではなく、過去の約束を隠した合図だったことだけは、もう疑えなかった。 拓海はスマホで地図を開きかけて、そこで止めた。今見つける必要はない。場所の名前だけで十分だった。明日になれば、確かめに行ける。 紙片を封筒代わりの折り目に戻し、丁寧に机の端へ置く。蛍光灯の音だけが静かに続く中で、拓海は小さく息を吐いた。 誰かが残したものだ。しかも、それは自分が忘れたつもりでいた何かと、確かにつながっている。胸の奥が妙にざわつくのに、不思議と怖くはなかった。 ただ、明日向かう先がはっきりした。そのことだけが、夜の台所でやけに大きく感じられた。
断片を結ぶ町
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