エラベノベル堂

衝動の向こうで

全年齢

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6章 / 全10

雨は、駅前のロータリーを白くぼかしていた。車のライトが水たまりを裂き、通り過ぎるたびに濡れた路面が鈍く光る。修は傘を握り直し、息を切らしたまま人の流れの端に立った。 さっきまで編集部にいたはずの柚希が、ここにいる。その事実だけで胸がざわつく。しかも彼女は、見知らぬ男と短く言葉を交わしていた。距離は近すぎず遠すぎず、だが二人の間には、初対面の硬さとは違う何かがあった。 「……柚希?」 修が思わず声を漏らす。柚希が振り向いた。雨に濡れた前髪の向こうで、その目がほんの一瞬だけ揺れる。 「藤堂さん」 男が軽く会釈した。修は反射的に一歩前へ出る。 「誰だ、その人は」 「落ち着いてください」 「落ち着けるか。こんな場所で、知らない男と」 「知らない人じゃありません」 柚希は一拍置いて、修の視線を真っ直ぐ受け止めた。 「私の兄です」 雨音が急に遠くなった気がした。 「兄……?」 「ええ。前に話す機会を逃しました」 「逃したって、そんな軽く」 「軽くはありません」 男が静かに口を開く。 「藤堂さん、君が柚希の隣にいるなら、少しは話が早いと思ったんだ」 「話が早い、って何の話だ」 「創業者の失踪だよ」 修は息をのんだ。古いファイルの断片が、頭の中で嫌な音を立ててつながる。 「それで、ここに?」 「駅で落ち合うのが一番安全だった」 「安全?」 「編集部の中は、もう見張られている」 柚希の声が低くなる。 「藤堂さん。あなたに黙っていたのは、巻き込みたくなかったからです」 「巻き込みたくないなら、最初から」 「最初から言えば、警戒されると思ったんです」 修は言葉を失った。信頼したつもりだった。けれど、目の前で起きていたことのほとんどを、自分は知らされていない。 「俺だけが、何も知らなかったってわけか」 柚希は唇を結んだまま、答えない。その沈黙が、何より痛かった。 兄が周囲へ目を走らせる。 「ここじゃ長く話せない。だが一つだけ言える。君が感じていた違和感は、全部つながっている」 「……だったら、なぜ今まで黙ってた」 「言えなかった事情がある」 その瞬間、ロータリーの向こうで、人の気配がぴたりと止まった。修は無意識にそちらを見る。傘の影がひとつ、柱の陰に消えていく。 「今の……」 「見ましたか」 柚希が低く言う。 「やっぱり、監視されていた」 修の背筋を冷たいものが走る。 自分たちは偶然ここに集まったんじゃない。ずっと前から、誰かの掌の上で動かされていた。 「藤堂さん」 柚希が一歩だけ近づく。 「すみません。あなたを一人にはしません」 その声は雨より静かで、けれど、やけに重かった。修は濡れた空を見上げ、握りしめた傘の柄に力を込めた。何も知らされていなかった自分が、ひどく遠い場所に立たされている気がした。

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