玲はため息をひとつついて、並べた札をまな板の端へずらした。漢字の角が灯りを受けてぎらりと光る。 「よし、じゃあ順番に読みを付ける。客が見て分かるようにな」 「分かるように、か」 箱の中から、細身の魚がぴんと身を反らせる。 「その読みは違う。わたしはもっと格が高い」 「格?」 「そうだ。字面にふさわしい響きがある」 別の魚も負けじと尾を打った。 「ならば俺は、もう少し鋭くしてくれ。やわな呼び方では締まらん」 「いや、勝手に変えたら札の意味がないだろ」 玲が札を一枚ずつ並べ直すたびに、魚たちはあちこちから口を挟んだ。 「その読みは軽い」 「もっと荘厳に」 「いや、清らかにだ」 「そもそも自分で決めるものでは?」 「自分で決めずに、どうして名を名乗れる」 口論はいつの間にか三つ巴になり、厨房の空気までむずむずと波立つ。玲は片手で額を押さえた。 「お願いだから、せめて客が来る前にまとまってくれ」 その願いが届いたのかどうか、暖簾が揺れて足音が近づく。 「玲さん、まだ開いてる?」 聞き慣れた声だった。常連の男が、仕事帰りらしい肩を少し丸めて顔を出す。玲はぱっと表情を戻した。 「いらっしゃい。今ちょうど、最初の一貫を用意するところだ」 「お、早いね。じゃあ適当におすすめで」 そう言われて玲は注文票を受け取り、ちらりと札の列へ目をやった。だが票の端に書かれた品と、魚の札がどうにも噛み合わない。 「ええと……これ、どれだっけ」 「見れば分かるだろ」 「分かるように並べたつもりなんだけどな」 魚たちが同時に身をよじる。 「俺だ」 「いや、わたしだ」 「順番が違う」 「その客にはこちらが先だ」 常連はカウンター越しに目を瞬かせた。 「なんかすごい揉めてない?」 「少しだけな」 玲は苦笑しながら、札を手に取っては置き、また取り直す。どれも間違っている気がして、どれも正しい気もした。ようやく一枚を選び、海苔の香りを立てた酢飯の上にそっと乗せる。 「お待たせ。最初の一貫だ」 皿を置いた途端、魚たちはぴたりと静まった。常連も箸を止め、最初の一口を見つめる。 「……なんだこれ、名前より先に来る圧があるな」 「食べれば分かる。多分」 玲の言葉に、カウンターの上でまた一枚、札が小さく鳴った。
難読魚の寿司店
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