エラベノベル堂

難読魚の寿司店

全年齢

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3章 / 全10

玲が皿を下げるより先に、常連は箸を置いて笑った。 「これ、当てるゲームでも始まりそうだな」 「始めてもいいけど、たぶん難しいぞ」 玲が苦笑すると、箱の中で魚たちが一斉に身を起こした。 「難しい、だと」 「なら試してみるか」 「名前当てだ」 「正解できたら、我らも大人しくしてやろう」 その言い草に、カウンターの空気がふっと軽くなる。玲は目を瞬かせ、それから口元を緩めた。 「よし。じゃあ俺が出題する。客も参加だ」 「待ってました」 常連は嬉しそうに身を乗り出し、他の席でも帰り際の客たちが興味を示した。玲は札を一枚だけ指先で持ち上げる。 「見た目は銀色、口に入れると少し甘い。さて、これはなんでしょう」 「鰯!」 「違う。今のはもっと気取ってる」 「気取っているとは何だ」 魚が尾を鳴らす。 「では、もう一つ。細長い。けれど泳ぎ方は妙に上品。どうだ」 「穴子?」 「惜しい」 「惜しくない、外れだ」 また笑いが起こる。玲は札を置き替え、次の一匹を指した。 「こっちは、香りが強い。食べるとすっと消える。分かるか」 「分かるわけないだろ」 「だが、食べれば忘れん」 今度は別の魚が胸を張るように身を反らせた。 「ふふん。そうだ、外しても恥じるな。わたしは当てにくいのが誇りだからな」 「自己紹介を足すな」 「足さずにいられるか。わたしは朝からそのことで悩んでいる」 「朝はやめろ。今は夜だ」 「夜ならなおさら、名は深くなる」 意味の分からない理屈に、客席からまた吹き出しが漏れた。玲は肩を揺らしながら、次々に問いを重ねる。だが誰も正解できない。 「じゃあこれは、少し磯の匂いがして……」 「違うな」 「違うとだけ言うな」 「なら教えてやろう。わたしは見た目より気位が高い」 「気位で味は変わらん」 「いや、変わる。気分で旨くなる」 「そんな魚あるかよ」 玲が笑いをこらえきれずに肩を震わせると、カウンターの上の空気までほぐれていった。客たちは次々に外し、魚たちはそのたび変な自己紹介を増やしていく。 「わたしは寝つきが浅い」 「俺は酢飯を見ると落ち着く」 「私は漢字が長いほど機嫌がいい」 「そんな好み、聞いてない」 「聞かれなくても言う。それが名乗りだ」 玲は一度、全員の札を見渡した。そして、ほんの少しだけ目を細める。 「なるほどな。こいつは炙ると香りが立つ。こっちは昆布の気配が合いそうだ。あっちは、もっとさっぱり握ったほうが映える」 「何をぶつぶつ言ってる」 「いや、答え合わせの前に、相性を見てる」 誰も正解できないまま笑い声が広がる中、玲だけは静かに納得していた。難しい名を当てることより、その魚がどんな顔で食卓に乗るのかのほうがずっと大事なのだと。 最後に玲は、いちばん難しい札を持ち上げる。 「よし、ヒントをくれ。お前自身の言葉で」 魚は一瞬だけ黙り、それから小さく胸を張った。 「仕方ない。わたしは、当たると嬉しいが、外れても笑える名だ」 「そのヒントで分かるか!」 「分からなくていい。笑ってくれれば、それで場はまとまる」 カウンター席に、今度こそ大きな笑いが落ちた。玲は札を戻し、まだ答えの出ないままの魚を見て、静かにうなずいた。

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