エラベノベル堂

難読魚の寿司店

全年齢

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6章 / 全10

昼の熱がまだ店内に残るころ、カウンターはいつになく賑わっていた。玲が次の握りに手を伸ばした、そのときだった。 「やあ、繁盛してるね。取材、いいかな」 暖簾の向こうから現れた男に、玲は一瞬だけ目を細めた。康平だった。近くのライバル店の店長だ。にこやかな顔は慣れた営業スマイルそのものなのに、視線だけが店内を値踏みしている。 「取材?」 「そう。珍しい魚が出るって聞いてね。せっかくだから、映える名物として広めようと思ってさ」 「映える、ね」 玲は苦く笑った。 「うちの魚は、そんな軽い扱いを喜ばないと思うけど」 言い終わる前に、札の並んだ皿の下で気配がざわついた。最初に跳ねたのは、さっきまで静かだった一匹だ。 「今の言い方、気に入らん」 「そうだ。わたしは飾りではない」 「札を見せろと言われても、見せたくない気分だな」 康平は気づかないふりでカメラを構える真似をした。 「いやいや、難しい名前だからこそ話題になるんだよ。もっと大きく見せれば、客は喜ぶ」 その瞬間、魚たちが一斉に動いた。札がすっとずらされ、別の器の影に身を隠し、まるで自分の居場所をわざと曖昧にするみたいに泳ぎ回る。 「ちょ、待て」 玲が身を乗り出す。 「おい、そこじゃない」 「ここだ」 「違う、そっちは別のネタだ」 「なら札を正しく付けろ」 康平は笑ったまま、さらに一歩踏み込む。 「いいじゃないか。どうせ一般客には読めない。なら派手に押し出したほうが勝ちだろ」 「勝ち負けじゃない」 玲の声が少しだけ低くなる。 「食べものだ」 だが店内はもう、静かな混乱だった。札がずれる。皿の位置が変わる。魚が隠れる。玲が手を伸ばした先で、別の札がひらりと裏返る。 「それは俺じゃない!」 「わたしでもない!」 「だから言ったろ、順番が違うって」 客たちは驚きつつも、思わず吹き出している。康平だけが、撮れ高を逃した顔で固まった。 玲は魚を戻しながら、ふと気づく。騒いでいるのは札の順番だけじゃない。自分たちを珍しさの見世物みたいに並べられることへ、魚たちははっきり嫌がっているのだ。 「……そうか」 玲の呟きに、いちばん難しい札の魚が、わざとらしく尾を振った。 「やっと分かったか」 「俺たちは目立ちたいんじゃない」 「見せびらかされたいわけでもない」 康平の明るい声が、かえって遠く感じられた。玲は札を手に取り、まっすぐ魚たちを見る。 「なら、ちゃんと味わってもらうしかないな」 その一言で、店内の空気が少しだけ変わった。騒ぎはまだ収まらない。それでも、玲の目にははっきり見えていた。魚たちが望んでいるのは、難しい漢字を振りかざす宣伝じゃない。ただ、目立つためではなく、ひと口のために選ばれることだった。

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