夕方の光が畝の端をなぞり、土の表面に長い影を落としていた。収穫かごはすでに三つ目に移っているのに、野菜たちの声は衰えるどころか、日が傾くほどに輪をかけて賑やかになっていく。 「ほら、僕を置くなら丁寧にね。そう、まるで宝石みたいに」 トマトが相変わらず大げさに言う。 「宝石にしては、少し騒がしい」 キュウリがさらりと刺す。 「静かな宝石なんて、たいてい偽物だよ」 ナスはいつも通り、わかったような顔で余計なことを言った。 俺は笑いそうになるのをこらえ、熟れ具合を見ながら一つずつ手を伸ばした。さっき倉庫で見つけた記録が、頭の中で何度も反芻される。言葉を宿しやすい土。夏の熱で高まる声。ならば、抑え込むより、受け止めるほうがいいのだろう。だが、受け止めると言っても、ただ聞き流すだけでは足りない。 「少し考えがある」 俺が言うと、トマトがぱっと揺れた。 「なにそれ、面白いの?」 「面白いかは知らない。けど、このままじゃ近所にまで丸聞こえだ。だから、声を出す順番を決める」 「順番?」 キュウリが細く笑う。 「ずいぶん人間らしい発想だね」 「人間だからな」 俺は畝の間に小さな黒板を立て、収穫の予定を書き込んだ。朝は音の小さいものから、昼は暑さに強いものから、夕方はにぎやかな連中をまとめて。野菜ごとに収穫の時間をずらし、声が重なりすぎないようにする。それだけでも、騒ぎは少しは分散できるはずだった。 最初はトマトが不満そうにぶつぶつ言った。自分はもっと早く出番がほしい、見せ場は一度きりだ、と。しかし、いざ順番を決めてみると、畑の空気は不思議なくらい整っていった。ピーマンは静かに自分の番を待ち、インゲンは早口のままでも周囲に合わせて声を落とす。カボチャは 「焦らずとも重みは消えぬ」 とのたまい、俺を少しだけ笑わせた。 その夜、俺は家に帰らず、倉庫の前に小さな竹の風鈴を吊るした。風が吹けば鳴る程度の、控えめな音だ。けれど、野菜たちが強くしゃべり出したとき、その響きが重なってくれれば、声の波は少しやわらぐかもしれない。試しに鳴らしてみると、乾いた音が畑をすべっていく。 「悪くない」 ナスが珍しく即答した。 「褒めても何も出ないぞ」 「何もいらないよ。ただ、ここが少し好きになっただけ」 その言葉に、俺は黙った。迷惑だと思っていた騒がしさは、土に染みた年月そのものだったのかもしれない。先祖が残した記録も、毎年の夏も、そしてこの声も、切り離せるものではない。俺が守るべきなのは静けさだけじゃない。畑が畑として息をする、そのやり方なのだ。 翌朝、最初に収穫したトマトは、いつもより少しだけ穏やかな声で言った。 「今日は、うまくいきそうだね」 俺はかごを受け取りながら頷いた。 「まだ油断はできないけどな」 「そういうところ、嫌いじゃない」 キュウリが続ける。 最後にナスが、風に溶けるような声で言った。 「騒がしいのは、悪いことばかりじゃない」 収穫は完全に静かにはならなかった。けれど、声は少しだけ整い、俺の手も前より迷わなくなった。畑の隅で鳴る風鈴と、箱の中でくすくす笑う野菜たち。俺はそれらを背に、次の畝へ向かった。なんだかんだで、今年の夏も乗り切れそうだ。そう思った瞬間、トマトがまた一段高い声を上げた。 「ねえ、次は僕からにしてよ」 「だから順番だ」 言い返しながら、俺は少しだけ笑った。
しゃべる野菜の収穫日
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