エラベノベル堂

しゃべる野菜の収穫日

全年齢

小説ID: cmnhb9fo3005p01o7jun5uhh0

3章 / 全10

「ようやく気づいた? なら、こっちも少しは楽になるかもね」 高梨拓人は、思わず手元のメモ帳を握りしめた。選果場のざわめきがまだ耳に残っているのに、今度は声そのものよりも、中身のほうが気になって仕方がない。いつもならただ騒がしいだけだったのが、今日は妙に筋が通っている。語尾の癖まで似ている気がした。 「待て。お前ら、なんでそんなに農園のことを知ってるんだ」 『知ってるっていうか、見えてるっていうか』 『いや、感じるのかな』 『ほら、あの角の支柱、ちょっと傾いてるでしょ』 拓人は顔をしかめた。確かにそれは今朝直したばかりの場所だ。さっきの箱の中の声も、土の湿り気や、日差しの当たり方まで言い当てていた。偶然にしては出来すぎている。 「……記録したほうがいいか」 小さくつぶやいて、拓人はメモ帳に最初の一行を書いた。聞こえた内容、言った野菜、時間。書き始めると、騒がしさの輪郭が少しだけ見えてくる。トマトは語尾に妙な跳ね方があり、きゅうりはやたらと断定口調で、ナスは知っているはずのない畑の端の話を混ぜてくる。ばらばらに聞こえた声が、並べると不思議なくらい同じ匂いを持っていた。 「これ、ただの出まかせじゃない……」 『え、今さら?』 『でもさ、記録するのは正解かも』 『あとで困るの、拓人だし』 「うるさい。協力してるみたいな口をきくな」 そのとき、事務所の戸ががらりと開いた。 「拓人、いる?」 聞き慣れた声に顔を上げると、幼なじみの未希が立っていた。肩までの髪を揺らしながら、手にはいつものようにメモ用の端末を持っている。 「未希……なんで今」 「様子が変だったから。いや、変なのはいつもか。けど今日は顔がもっと変」 「ひどいな」 未希は事務所の中を見回し、机の上のメモ帳と、まだぶつぶつ言っているコンテナを交互に見た。最初は冗談だと笑うつもりだったらしい。だが、拓人が録音を再生すると、その表情が少しずつ固くなる。 『根っこのあたり、最近ちょっと変だし』 『あっちの畝、昨日と土の匂いが違う』 『隠してると、余計に目立つし』 再生が終わると、未希はしばらく黙っていた。やがて端末を握り直し、低い声で言う。 「……これ、ネタにしたら大騒ぎになる」 「は?」 「笑い話にできる域、もう超えてる。記事にしたら、面白半分の連中が押しかける。農園そのものが、勝手に見世物にされるよ」 拓人は息を止めた。軽く受け流してくれると思っていたのに、未希の顔は本気だった。いや、本気どころか、いつもよりずっと真剣だ。 「じゃあ、どうしろっていうんだよ」 「少なくとも、外に向けて広げるのは待ったほうがいい。まだ、何が起きてるのか分かってない」 『あ、この人、分かってる』 『拓人の幼なじみ、なかなか鋭いね』 「褒められてる気がしない……」 拓人がぼやくと、未希は端末を胸に当てて、まっすぐこちらを見た。 「それと、今の録音。もう一回聞かせて」 その一言に、事務所の空気が少しだけ冷えた。拓人はメモ帳の余白に、聞き慣れない共通点をもう一つ書き足しながら、野菜たちのざわめきを見つめた。何かが、確かに同じ方向へ集まりつつある。

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