「もう一回、聞かせて」 未希に言われて、拓人は端末を差し出した。さっきよりも小さくした音量なのに、事務所の隅でコンテナがかすかに震えた。 『根っこのあたり、最近ちょっと変だし』 『あっちの畝、昨日と土の匂いが違う』 『隠してると、余計に目立つし』 再生が終わると、未希は眉を寄せたまま立ち上がる。 「これ、声の出方が近い。発してる場所がばらばらじゃないかも」 「近い、って……どこだよ」 拓人が問い返すと、未希は机の上に広げた農園の簡単な見取り図を指でたどった。 「選果場じゃない。もっと奥。声が集まるなら、古い設備とか、埋まってる何かとか」 その言葉に、拓人の背筋がじわりと冷えた。昼間の騒がしさとは違う、夜の畑には別の気配がある。収穫を終えて静まり返ったあと、耳を澄ますと、風に混じってほんの少しだけ、誰かがささやくような音がしたことがあった。 「……俺も、夜に変な声を聞いた」 「やっぱり」 未希はすぐに顔を上げた。 「どこで」 拓人は窓の外へ視線をやる。事務所の明かりの先、畑の暗がりはもう輪郭だけになっていた。 「使ってない井戸のほうだ。今は塞いである、古いやつ」 「井戸?」 「昔からあったけど、今はほとんど使ってない。近づくなって、じいちゃんも言ってた気がする」 未希は一瞬だけ黙り、それから端末を握り直した。 「じゃあ、そこが怪しい。夜にだけ聞こえる小さい声の出所、追ってみよう」 「……今から?」 「今だからこそ。日中の声と、夜の声がつながってるか確かめたい」 拓人はため息をつきかけて、やめた。止めても未希は聞かない。それなら、最初から行くほうが早い。 「分かった。懐中電灯持ってくる」 『え、どこ行くの』 『ねえ、今の話、聞き捨てならないんだけど』 コンテナの中から、さっきまでの野菜たちが騒ぎ始める。だが、拓人にはもう、それよりも別の違和感が気になっていた。声は確かに聞こえるのに、どこか遠い。まるで地面の下から押し上げられてくるみたいだった。 外へ出ると、空気はひんやりしていた。未希は足音を殺しながら、先に立って畑へ向かう。拓人も後に続く。 月明かりの下で、使われていない井戸は思った以上に古く見えた。石組みの縁は苔に覆われ、覆いの板には長く触れられていない埃が積もっている。 「ここ……」 拓人が立ち止まると、未希も息を止めた。 『だれか来た』 小さな声が、どこからともなくした。 拓人は反射的に顔を上げる。畑の向こうでも、コンテナの中でもない。もっと足元に近い、深く沈んだ場所から聞こえた。 そして次の瞬間、井戸の底のほうで、ありえないはずの昔話がぽつりと漏れた。 『この畑は、昔は水がよく出たんだってさ』 『ほら、あの年は土が光ってたらしい』 『そんなこと、野菜が知るわけないだろ』 拓人の声が掠れる。未希は黙ったまま、井戸の縁に身を寄せた。 底から聞こえるのは、ただの音じゃない。農園の記憶そのものが、薄い膜を通して滲み出しているみたいだった。 「ここだ」 未希が低く言う。 「全部の中心、たぶんここ」 拓人は井戸の暗い穴を見下ろしたまま、息を飲んだ。夜の静けさの奥で、小さな声はまだ確かに続いている。
しゃべる野菜の収穫日
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