風鈴を吊るしてから三日目、畑の騒ぎは少しだけ輪郭を失っていた。完全に静かになったわけではない。むしろ野菜たちは、音が混ざりすぎないと知って、以前より言いたいことをはっきり言うようになった。 「ねえ、今日は僕の番が早いはずだよ」 トマトが朝日を浴びてふくらむ。 「順番表を見ろ。まだ二列目だ」 俺が答えると、キュウリが葉の陰でくすりと笑った。 「ほらね。あなたが整えれば、案外おとなしい」 「おとなしいというより、落ち着いた、だ」 畝の向こうでナスがゆっくり揺れた。 「落ち着きは、声を消すためじゃない。声を聞き分けるためにある」 その言い方に、俺は少しだけ肩の力が抜けた。あの倉庫で見つけた記録には、言葉を宿しやすい土のことだけでなく、昔の持ち主が野菜たちの声を畑の賑わいとして扱っていたと書かれていた。追い払うのではなく、場を整え、耳を澄ませる。今なら、その意味がわかる。 とはいえ、何でも受け入れればいいわけでもない。収穫のたびに近所へ響けば、さすがに困る。俺は古い木枠を運び出し、畝の手前に低い囲いを作った。声が遠くへ抜けすぎないよう、土を盛り、草を絡め、風の通り道を少し曲げる。作業は地味だったが、夕方になるころには、畑の音は確かに丸くなっていた。 次に試したのは、収穫の合図だ。風鈴が鳴ったら一列、俺が名を呼んだら一つ。野菜たちは最初こそ文句を言ったが、やがて自分の出番を待つことを覚えた。 「呼ばれるまで黙るなんて、つまらないね」 トマトが言う。 「つまらなくない。見せ場が増えただけだ」 「あなた、少し上手になったわ」 キュウリが淡々と続ける。 「少しだけな」 その日の最後、倉庫の前で記録の紙束を束ね直していると、ナスが珍しく急がずに言った。 「土は記憶する。でも、記憶は閉じ込めるためじゃない。次の季節へ渡すためにある」 俺は手を止めた。騒がしさの正体を知った今でも、まだ見落としていることがある気がした。土が言葉を宿すなら、声はただの不具合じゃない。畑が長く息をしてきた証だ。ならば俺の役目は、それを黙らせることじゃなく、暮らしに馴染ませることなのだろう。 その夜、家に戻る前に、俺は畑の端へ小さな看板を立てた。収穫中、少し賑やかです。心配無用。見慣れない一文だが、書き終えたとき、不思議と胸が軽かった。 翌朝、最初のトマトを手に取ると、あまりに綺麗に熟れていて、思わず笑ってしまった。 「ほら、僕を選んで正解でしょ」 「自分で言うな」 「言っておかないと、あなたはすぐ忘れるから」 箱の中へ落ちていく赤い実を見送りながら、俺はもう一つの畝へ手を伸ばした。キュウリは涼しい顔で皮肉を飛ばし、ピーマンは控えめに自己主張し、カボチャは重々しく場を締める。風鈴が鳴り、声が重なり、夏の空気が少しだけやわらぐ。 完全に静かな畑には、もう戻らないのかもしれない。だが、静かでなくてもいいのだと知った今、この騒がしさは前よりずっと扱いやすかった。 日が傾くころ、最後の籠を納屋へ運び終える。汗をぬぐって振り返ると、畑にはまだ小さな声がいくつも残っていた。 「ねえ、来年はもっと早く呼んでよ」 「順番は守れ」 「守ってるよ」 俺は笑いながら扉を閉めた。騒がしくも温かい夏は、今年も終わった。いや、正確には終わりきらない。畑のどこかで、まだ土が微かに言葉を育てている気がするからだ。 次の収穫期までに、俺はまた風鈴を直し、囲いを整え、順番表を更新するだろう。ため息は出る。けれど、そのため息のあとに続く笑いまで、もう自分でわかっていた。
しゃべる野菜の収穫日
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