エラベノベル堂

しゃべる野菜の収穫日

全年齢

小説ID: cmnhb9fo3005p01o7jun5uhh0

6章 / 全10

「これ……苗まで反応してる」 未希の声に、拓人は温室の中へ目を走らせた。さっき別区画から移してきたばかりの若い苗が、細い葉を震わせている。声なんて出しようがないはずの小さな株まで、まるで何かに怯えるみたいに一斉にざわめいていた。 「おい、冗談だろ」 『冗談じゃないよ』 かすれたような、けれどはっきりした気配が返る。苗たちは同じ方向を向いていた。温室の壁越し、さらに農園の奥のほう。拓人は思わず息を止める。 「こっちを見てる……いや、向いてるのか」 『変な水のにおいがする』 『根が落ち着かない』 『下のほう、冷たい』 言葉にならないはずの声が、ばらばらに重なった。昨夜までのトマトやきゅうりの騒ぎとは違う。幼い苗のざわめきは、ただ不満をぶつけている感じじゃない。必死に何かを避けようとしている。 「整理するとね」 未希が端末を見ながら、いつもの記者みたいな調子を取り戻す。 「声の出どころは、植物ごとに違ってるようで、実際には同じ異常に引っぱられてる。しかも今の反応、根から入る刺激に近い」 「刺激?」 「うん。土じゃなくて、水。地下水に何か混ざってる可能性が高い」 拓人は、ノートの最後に書かれていた一文を思い出した。地下水の変化、声、応答、警告。あの走り書きが、急に生々しく迫ってくる。 「じゃあ、これ全部……水のせいなのか」 「まだ断定はできない。でも、苗が同じ方角を向くなら、原因はそこに繋がってるはず」 未希はしゃがみこみ、葉先に触れずに観察を続けた。 「しかも、ただ弱ってるだけじゃない。何かを嫌がってる。守ろうとしてる、って見方のほうが近いかも」 拓人は唇を噛んだ。守るために騒いでいた。そう考えると、昨夜からのざわめきが少しだけ違って聞こえる。 「守るって、何をだよ」 『ここだよ』 苗の群れが、同じ方角へ葉を揺らす。 拓人は温室の外へ続く明るい通路を見た。見えないはずの地下の流れが、そこにあるみたいな気がした。 未希は端末を閉じ、静かに立ち上がる。 「真相はまだ霧の中。でも、少なくとも霧の向こうにあるものは、水に関係してる」 「……ああ」 拓人は苗の上に落ちる陽の筋を見つめた。小さな葉はまだ落ち着かず、同じ方向を向いたまま揺れている。農園のどこか深いところで、何かが静かに流れている。その気配だけが、やけに鮮明だった。

6章 / 全10

TOPへ