エラベノベル堂

しゃべる野菜の収穫日

全年齢

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7章 / 全10

「……あの方角か」 高梨拓人は、温室の外へ続く明るい通路を見たまま、低くつぶやいた。苗たちがそろって葉を揺らす先は、畑の端でも倉庫でもない。もっと外れた、普段ならあまり意識しない農園の裏手だった。 未希は端末を手のひらで軽く叩き、目を細める。 「一度、回り込もう。水の流れを追えば、何か見えるかもしれない」 「回り込むって……あそこ、排水路のほうだろ」 「そう。雨水が抜ける細い道。農園の端をたどれば、資材の搬入経路とも繋がるはず」 拓人は頷ききれないまま、温室の扉を押し開けた。外気はまだ生ぬるいのに、裏手へ近づくほど足元の空気が少しだけ湿って重くなる。草の匂いに混じって、いつもと違う乾いた薬のような匂いがした。拓人は眉をひそめた。 排水路は、細いコンクリートの溝になっていた。水は少なく、底に砂と土がたまっている。その脇を辿ると、ところどころで靴跡のようなへこみが続いていた。 「これ、最近ついた感じだな」 「うん。しかも一人じゃない」 未希はしゃがみこみ、溝の縁に残った泥を指先で見た。 「車両が近くまで入ってる。搬入用のタイヤ痕もあるし、業者の出入りがあったんじゃない?」 拓人は胸の奥に、嫌な予感が沈むのを感じた。農園に資材業者が来ること自体は珍しくない。だが、こんな裏手まで使う必要はないはずだ。 「記録、あるか」 「出荷や肥料の納品なら残ってる。でも、これはそれだけじゃないかも」 未希が立ち上がった、そのときだった。 溝の向こうから、野菜たちの声がふいに風に乗って届いた。 『あの人、夜に土をいじってる』 拓人は足を止めた。 『こっちの根っこ、いやな感じがしたもん』 『袋みたいなの、運んでた』 『見たことある顔だったよ』 「……誰だ」 思わず問い返すと、声はさらに重なった。 『資材の人っぽかった』 『でも、ただ届けるだけじゃない』 『夜は静かだから、隠しやすいんだよ』 未希が、はっと息をのむ。 「拓人、これ……出入りしてる記録と一致するかもしれない」 拓人は排水路の先を見た。溝の底に残る水たまりが、鈍い光を返している。その光の向こうで、何かが土地に触れ、こっそり形を変えていたような気がした。 「外部の誰かが、意図的に手を入れてた……?」 言葉にした瞬間、背中がひやりとした。野菜たちの騒がしさは、ただの愚痴でも気のせいでもない。守れ、という合図だったのだ。 未希は端末を見つめたまま、静かに言う。 「これ、もっとはっきり追える。記録を突き合わせれば、誰が何を持ち込んだか見えるはず」 拓人は、排水路の泥を見下ろしたまま息を整えた。農園の裏で繰り返されていた影の動きが、少しだけ輪郭を持つ。まだ名前はない。だが、声は確かにそこへ向いていた。

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