「……あった」 高梨拓人は、倉庫の奥で手を止めた。積み上げた空箱の隙間に、見覚えのないラベルの束が押し込まれている。いつもの出荷用とは印字の位置が微妙にずれていて、日付も品名も、きれいに見せようとして逆に不自然だった。 「これ、うちのじゃない」 背後で未希が低く言う。拓人はラベルを一枚引き抜き、棚に並ぶ出荷箱と見比べた。紙の質感も違う。さらに、その下に隠れるようにして、特定の畝の土がこすれた跡があった。まるでそこだけ何度も何かをまかれたみたいに、白っぽい粉が薄く残っている。 「薬剤……?」 「散布の痕跡だね。しかも、全部の畝じゃない。狙ってる」 未希の声は静かだったが、端末を持つ指が少し強張っている。拓人は喉の奥が乾くのを感じた。畑の一部だけが妙にざわついていた理由が、ようやく形になりかけている。 そのとき、倉庫の戸がきい、と鳴った。 「失礼。高梨農園の方ですか」 振り向くと、業者風の男が立っていた。作業着に似た上着、無難な笑み、手には薄い封筒。よくある訪問に見せかけた、よくない気配だけがやけに鮮明だった。 「何の用だ」 拓人が身構えると、男は封筒を軽く持ち上げた。 「土地の件でね。今なら、悪くない条件を出せますよ。農園、もう維持するのは大変でしょう。安値で手放してもらえれば、こちらも助かる」 「ふざけるな」 拓人の声が低くなる。未希が一歩前へ出た。 「それ、勧誘のつもり? ずいぶん雑ね」 男は薄く笑ったが、目だけは笑っていない。 「雑でもいいんですよ。必要なのは、早く決めてもらうことだけですから」 その瞬間、棚の上で並んでいたトマトの袋が、がさりと揺れた。 『ねえ、今の聞いた?』 『安値って何。ぼくらの働きを見くびってない?』 『この人、さっきから土の匂いが変だよ』 男の笑みが、ぴたりと止まる。 『それにさ、同じ畝ばっかり狙ってるの、ばれてるよ』 『ラベルも偽物。そういうの、格好悪いって知ってる?』 『拓人、こっちの箱の下、見て。もっと証拠ある』 倉庫の中に、トマトたちの声が一斉に広がった。赤い実が揺れるたび、男の顔色が少しずつ変わっていく。拓人は棚の上を見上げたまま、息を飲んだ。 「……全部、知ってるのか」 『もちろん』 『だって、守りたいもん』 未希が小さく息をつき、男の封筒を見据える。 「これ以上は、無理そうね」 男は一歩だけ後ずさった。いつもの押しの強さが、棚の上から降り注ぐ証言に削られていく。 拓人はラベルを握りしめ、揺れるトマトたちを見た。騒がしい声は、今だけははっきりと味方だった。
しゃべる野菜の収穫日
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