倉庫の奥で見つけた紙束を広げると、乾いた埃の匂いに混じって、古い夏の気配が立ちのぼった。俺は目を細め、黄ばんだ紙面を追う。そこには、先祖が残したらしい走り書きがあった。言葉を宿しやすい土。畑の端の黒土は、人の声をよく覚える。夏の日差しが強まるほど、実りの記憶は声になって返る。読み進めるうちに、俺は思わず息を呑んだ。 「……やっぱり、ただの珍事じゃなかったのか」 背後から、トマトの明るい声が跳ねた。 「だから言ったでしょ。僕らには理由があるって」 「理由があっても、うるさいものはうるさい」 キュウリが葉陰で細く笑う。 「それはあなたの都合。土のほうは、ずっと前から黙ってなんかいないわ」 ナスは倉庫の入り口に体を傾け、妙に含みのある声を落とした。 「忘れられたものは静かになる。覚えられたものは話す。それだけだよ」 その言葉に、俺は紙束をめくり直した。記録によると、昔の持ち主はこの土地の黒土を粗末に扱わず、堆肥や水の流れを細かく整えていたらしい。ところが、いつしか土地にまつわる伝承は面倒な迷信として片づけられ、帳面だけが倉庫に残された。さらに収穫期の暑さが重なると、土に溜まった気配が実った野菜へ移り、声となって溢れる。止めるのではなく、流れを分ける工夫が必要だと、最後にあった。 「流れを分ける、か」 俺は紙を閉じた。 「なら、やることはある」 まず倉庫の前に積まれていた古い木枠を片づけ、風の抜け道を作った。次に、畝の手前へ低い土の囲いを盛って、声が一気に遠くへ飛ばないようにする。さらに収穫の順番も変えた。朝はおとなしいものから、昼は暑さに強いもの、夕方はにぎやかな連中をまとめる。黒板にそう書くと、トマトが即座に抗議した。 「僕を最後に回すなんて嫌だよ。主役は最初に出るものだろ」 「主役は収穫だ。お前じゃない」 「ひどい」 「でも、理にはかなってるわね」 キュウリが淡々と言った。 「声が重なると、余計に大きくなるもの」 試しにその日の収穫を朝夕に分けてみると、思った以上に違いがあった。ピーマンは控えめに自己主張し、カボチャは重々しく長話を始める前に俺に摘まれた。インゲンは相変わらず早口だったが、周囲に合わせて少しだけ声を落とす。何より、野菜たちが自分の番を待つようになったのが大きい。 夕方、倉庫の梁に小さな風鈴を吊るした。乾いた音はかすかで、強い声を消すほどではない。けれど、重なりすぎる響きをほどくにはちょうどよかった。風が吹くたび、トマトの高い主張はふっと丸くなり、キュウリの皮肉も、ナスの含みも、少しだけやわらぐ。 「悪くないじゃない」 トマトが不満そうな顔をしながらも、どこか機嫌よく言った。 「やっと認めたか」 「認めるというか、折り合いをつけたって感じ?」 「その通りだ」 紙束の最後には、こんな一文が残っていた。声は迷惑ではない。畑の歴史が、収穫のたびに息を吹き返すだけだ。俺はその文字を見つめながら、ようやく肩の力を抜いた。完全に静かな畑には戻らない。だが、静けさだけが正解でもない。 翌朝、最初に手に取ったトマトは、以前より少し落ち着いた声で言った。 「今日は、うまくやれそうだね」 「お前が言うと、妙に頼もしいな」 キュウリがすかさず割り込む。 「油断しないで。暑さはまだこれからよ」 ナスは最後まで落ち着き払っていて、箱へ収められる直前、静かに言った。 「畑は、騒がしいくらいがちょうどいい」 俺は笑った。近所に聞こえない程度に、だが確かに笑った。看板には、収穫中、少し賑やかです。心配無用、と書いて立てた。妙な札だが、今ではそれもこの土地らしい。 夕暮れ、空になった畝を見渡すと、風鈴がひとつ鳴った。次の収穫期までにやることは多い。囲いを直し、順番表を更新し、古い記録をもっと読み込む必要がある。それでも、胸の奥は思ったより軽かった。 「来年も頼むぞ」 そう呟くと、どこからともなくトマトの声が返ってきた。 「もちろん。次は僕が主役だからね」 「だから順番だと言ってるだろ」 言い返しながら、俺はもう一度笑った。騒がしくて、面倒で、それでも少し温かい。そんな夏の畑を、俺はようやく受け入れられるようになっていた。
しゃべる野菜の収穫日
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