翌朝の空は薄く白んでいた。昨夜の熱を抱えたまま飛び出した勢いは、朝の冷えで少しだけ鈍っている。それでも彩は、繁華街へ続く通りで慎吾の背中を見失わないよう、距離を取って歩いていた。 「……あれ、ここで曲がる?」 慎吾が入っていく道を見て、彩は小さく息をのむ。張り込み先に選んだのは、もっと先の角だったはずだ。なのに足はなぜか反対側へ流れ、気づけば見当違いの路地に立っていた。 「うそ、逆……」 慌てて引き返そうとした拍子に、ポケットに入れていたメモが指先から滑り落ちる。白い紙は風に煽られ、慎吾の足元までころりと転がった。 「ん?」 彼がしゃがんで拾い上げる。彩は血の気が引いた。 「ま、待って、それは」 「彩?」 慎吾は紙を見下ろし、それから顔を上げた。責める色はない。ただ、少し驚いたような、けれどすぐに心配へ変わる眼差しだった。 「こんな朝から何してるの」 「べ、別に……」 言い訳は喉の奥で絡まって消える。慎吾はメモを返しながら、近くのベーカリーの袋を持ち上げた。 「朝ごはん、まだだろ。これ、食べて」 「いらない、っていうか、そんな場合じゃ」 「顔が真っ青だ。無理すると倒れる」 そう言って押しつけられた袋は、温かかった。湯気の立つサンドイッチの匂いが、張り詰めた神経をやわらかく撫でる。彩は受け取ったまま動けない。 怪しまれて当然なのに、どうしてこんなふうに気遣うのか。父を奪った相手だと思ったはずなのに、どうして手の温度まで優しいままなのか。 「……私、あなたを疑ってるのに」 絞り出すと、慎吾は少しだけ目を伏せた。 「知ってる。だからこそ、ちゃんと食べて。疑うのも、元気がないとできないだろ」 彩は思わず笑いそうになり、唇を噛んだ。復讐のために握りしめたはずの怒りが、朝の光みたいにほどけてしまう。 そのまま沈黙が落ちる。通りを行き交う人々の気配だけが、二人の間を忙しく通り抜けていった。 「彩」 「なに」 「無理に一人で抱えるな」 その一言に、胸の奥がひどく揺れる。彩はサンドイッチの袋をぎゅっと握り、目を逸らした。疑う自分も、気遣われて嬉しい自分も、どちらも本物だった。だから余計に、どちらを信じればいいのかわからない。 慎吾の背中を追うつもりでいたのに、気づけば自分の足場までぐらついている。彩は立ち尽くしたまま、冷めきる前の朝食を見つめた。
のろまな亀、真相を追う
全年齢小説ID: cmnhbd1fu006201o74ev4afux
