エラベノベル堂

のろまな亀、真相を追う

全年齢

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4章 / 全10

彩はベーカリーの袋を持ったまま、朝の人波から少し外れた道を歩き続けた。慎吾の気遣いは、胸のざわつきをいっそうややこしくする。疑うべきなのに、さっきの温かいパンの匂いまで思い出してしまうのが腹立たしかった。 「……落ち着け、私」 小さく呟いても、足取りは頼りない。気づけば約束の場所へ向かう角を曲がり、古い建物の影が長く落ちる通りに出ていた。郊外まで来ると、街のざわめきは薄くなり、錆びた柵と雑草の間に、使われなくなった交番跡がひっそり立っているのが見えた。 戸は半分だけ開いていた。きしむ音に、彩の背筋が強張る。 「遅かったな」 奥から低い声がして、彩は顔を上げた。叔父だ。父の事件を追っていた元刑事で、昔は鋭い目をしていたのに、今は少しだけ疲れをまとっている。 「叔父さん……」 「座れ。立ったままだと、話が頭に入らん」 言われるまま、彩は古い机の前に腰を下ろした。埃の匂いと、閉じたままの時間の気配がする。叔父はしばらく黙ってから、深く息を吐いた。 「まず言っておく。慎吾を犯人だと断定するのは、早すぎる」 「でも、あの印が」 「印は道具の一つにすぎん。夜の現場には、複数人の足跡が残っていた」 彩は息を呑んだ。 「複数人……?」 「ひとつは犯人のものだと思われた。だが、もうひとつ別系統の靴跡があった。現場が荒らされた形跡もある。つまり、誰かが後から手を加えた可能性がある」 「隠したってこと?」 「そう考えたほうが自然だ」 叔父の声は静かだったが、そこに含まれる重さは、彩の胸をじわじわと押した。 「彩、おまえが見ている線は、まだ一部かもしれん。慎吾が何かを知っている可能性はある。だが、黒幕そのものとは限らない」 「私……」 言葉が続かない。復讐の相手だと決めつけていた顔が、急に輪郭を失う。 叔父は机の上に置いた古いメモを指で押さえた。 「怒りだけで走るな。事件は、もっと前から歪められていたかもしれない」 彩は紙の端を見つめた。慎吾の顔、朝のサンドイッチの温度、自分が飛び出した夜の感情が、バラバラのまま胸の中でぶつかる。 「……私、見誤ってたのかな」 そう漏らした声は、ひどく小さかった。 叔父は答えなかった。ただ、彩の揺れる肩に手を置く。その手は昔より少し硬かったが、確かに支える重みがあった。 古い交番跡の窓から、午後へ向かう光が斜めに差し込んでいた。彩はその明るさを見つめながら、初めて、自分の中の復讐心がひび割れる音を聞いた。

4章 / 全10

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