エラベノベル堂

のろまな亀、真相を追う

全年齢

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5章 / 全10

夕方の署は、昼間より少しだけ空気がゆるんでいた。廊下を行き交う足音も、電話の呼び出し音も、どこか遠くで重なって聞こえる。彩はそれを背に受けながら、資料室の扉をそっと開けた。 「よし……ここにあるはず」 小さく呟いて、目当ての棚へ向かう。父の事件記録。叔父に聞いた話を確かめるには、古い捜査報告書を見直すしかない。彩は指先で背表紙をなぞり、番号の並びを目で追った。 高い棚の奥に、それらしい束が見えた。 「もう少し……」 手を伸ばしても届かない。彩は近くのはしごを引き寄せ、慎重に一段ずつ上る。けれど、手前にあった別の書類に肩が触れた瞬間、薄い束がずるりと傾いた。 「えっ、ちょ、待っ」 次の瞬間、足元がふわりと浮いた。 「彩!?」 誰かの声がしたと思ったときには、もう体が床へ落ちていた。痛みより先に、派手な音が響く。棚の一角が揺れ、抱えていた資料が雪崩のように散った。 「い、いたた……」 床いっぱいに広がった紙の山を前に、彩は真っ赤になった。 「す、すみません! 今片づけます!」 近くにいた職員が慌てて駆け寄ってくる。 「大丈夫か。無理するな、すぐ手伝う」 「だ、大丈夫です、本当に。私、こういうの得意じゃなくて」 自分で言って、余計に情けなくなる。けれど、謝る声より先に、散らばった紙の中へ視線が吸い寄せられた。 古びた捜査報告書の端。そこだけ、妙に白い。 彩は膝をついたまま、慎重にその紙を拾い上げた。欄外の文字が、ほかの部分と少し違う。上から書き直したような、薄い修正の跡。墨の乗りが不自然で、周囲の字にわずかな段差がある。 「……これ」 息を飲む。 報告書の一文が、何かを隠すために塗りつぶされたように見えた。いや、塗りつぶしただけじゃない。元の記載を消し、別の内容に置き換えた痕跡がある。 「彩、どうした」 「これ、見てください」 差し出すと、職員は目を細めた。 「かなり古いな。修正か」 「こんな残し方、普通じゃないです。わざわざ直したみたいに……」 言いながら、彩の胸が早鐘を打つ。叔父の言葉が脳裏で重なる。現場は荒らされていた。複数人の足跡。隠蔽。 慎吾は、これを知っているのかもしれない。 そう思った途端、怒りより先に、妙な確信が喉元までせり上がった。慎吾が犯人かどうかは、もうそれだけでは測れない。けれど、彼は少なくとも真実に触れている。 彩は修正跡のある報告書を両手で握りしめた。 「……直接、聞く」 声にした瞬間、逃げ場のない決意が胸に落ちる。 「今度こそ、ちゃんと」 資料室の静けさの中で、散らばった紙を見下ろしながら、彩は立ち上がった。慎吾の顔を思い浮かべても、もう目を逸らさない。

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