彩は慎吾の横を走っていた。雨は細かい針みたいに降り続け、深夜の高速道路高架下に響く足音を薄く削っていく。錆びた柱の影がいくつも重なり、逃げ道だけがやけに長く見えた。 「こっち!」 慎吾が先に身をかがめる。彩も続こうとしたが、濡れたコンクリートに足を取られた。 「きゃっ」 次の瞬間、膝から崩れ、肩から転がるように倒れる。バッグが弾かれ、口が開いていた中身が派手に跳ねた。 「彩!」 「だ、大丈夫……」 言いかけた声より先に、白いものが闇の中へ滑っていく。写真だった。濡れた路面に散った何枚かのうち、一枚が風にあおられて、柱の根元へ張りつく。 「待って、落とした……」 彩は慌てて這うように手を伸ばした。指先がかすかに触れた写真を引き寄せた瞬間、街灯の頼りない光が、そこに写った車体を浮かび上がらせる。 「これ……」 慎吾も覗き込んだ。 暗い現場の端に、見知らぬ車両が止まっている。父が倒れていたあの夜、ただ一台だけではなかった。写り込んだヘッドライトの筋と、後部の形は、彩が見た記録のどれとも違う。 「別の車……?」 彩の喉がひりつく。これまで握りしめていた憎しみの形が、音を立ててずれていく。 慎吾は眉をひそめ、写真を指先で押さえた。 「こんなものが、最初から残ってたのか」 「わ、私、知らない……。でも、これがあれば……」 言葉が途切れる。胸の奥が熱いのに、頭はひどく冷静だった。父の事件は、慎吾一人に結びつけて終わる話じゃない。誰かがもっと先にいて、誰かが後ろで動いていた。 彩は濡れた前髪を払おうとして、さらに手を滑らせた。写真の角がもう一度跳ねる。 「ほんと、私……」 情けなさと、奇妙な安堵が同時にこみ上げる。 不器用で、転んで、バッグをひっくり返しただけ。それなのに、その失敗が真相の入口を照らした。 「笑うとこじゃないだろ」 慎吾が小さく言って、でも口元は少しだけ緩んでいた。 「笑ってないよ。ただ……私の鈍さ、役に立つことあるんだね」 「今は十分役に立ってる」 その言葉に、彩は写真を握りしめる。雨はまだ止まない。けれど、見えなかった輪郭が一つだけはっきりした。二人の間にあった疑いは消えていない。それでも、同じ写真を見つめる目だけは、同じ方向を向いていた。
のろまな亀、真相を追う
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