慎吾が写真を押さえたまま、雨音の代わりに沈黙が落ちた。高架下の薄い光は二人の顔を半分ずつ切り分け、互いの表情を曖昧にぼかしている。 「……ここじゃない」 慎吾が低く言った。彩は濡れた前髪をかき上げ、息を整える。 「わかってる。だから、今のうちに話して」 「全部は言えない」 「まだ隠すの?」 彩の声が尖る。怒りは確かにあった。けれど、さっきまでの憎しみとは少し違う。慎吾の目が、逃げていない。そこにあるのは、言い訳よりも重いものだった。 「おまえの父さんを、俺は守ろうとした」 その一言で、彩の喉が詰まった。 「……守る?」 「事件の夜、俺はあの場にいた。けど、相手は一人じゃなかった。誰かが揉み消す気だったんだ。父さんは、それを止めようとして巻き込まれた」 彩は写真を握る指に力を込めた。怒りが、宙ぶらりんのまま行き場を失う。 「じゃあ、なんで黙ってたの」 「おまえまで巻き込まれると思ったからだ」 「そんなの、勝手だよ」 言い返しながらも、胸の奥では別の声がざわつく。嘘なら、こんな目はしない。慎吾は追い詰められた人間の顔をしていた。 「彩」 「なに」 「黒幕を捕まえるには、俺たちだけじゃ足りない。署の中に、まだ動ける人間がいるはずだ」 彩は視線を落とした。署。そこには記録も、人も、そして改ざんした誰かの手が届く場所もある。 「協力者を探すってこと?」 「そうだ。信じられる相手を一人見つければ、流れは変わる」 「でも、そんなのどうやって」 慎吾は短く息を吐いた。 「まずは、俺たちが見つけた手掛かりを整理する。修正された報告書、複数の足跡、あの夜の車両。繋がる人間がいるはずだ」 彩は、雨に濡れた写真を見つめた。自分が転んだことで拾い上げた一枚が、今では重たい武器みたいに感じられる。 「私、あのとき慎吾を疑った。ひどいことも言った」 「知ってる」 「怒ってる?」 慎吾は少しだけ目を細めた。 「今は、それより先にやることがある」 その答えに、彩は唇を噛んだ。許されたわけじゃない。けれど、責められもしない。それが逆に苦しい。 高架の上を、遠い車の音が流れていく。彩は写真を慎重に封筒へ戻し、深くうなずいた。 「わかった。署の中の協力者を探す。今度は私が、ちゃんと前に進む」 「遅くてもいい。見落とさなければ」 「そこは言い方あるでしょ」 「亀みたいに、ってことだ」 少しだけ、慎吾の声がやわらぐ。彩は悔しさ半分で睨み返したが、その奥で、ほんのわずかに安心していた。最悪の空気の中でも、二人はまだ同じ方向を向ける。 雨は相変わらず降っていた。だが、次に踏み出す足場は、ようやく見え始めている。
のろまな亀、真相を追う
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