エラベノベル堂

落語部の昼下がり

全年齢

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5章 / 全10

部室の時計が、いつもよりゆっくり進んでいる気がした。窓の外はすっかり暗く、机の上の蛍光灯だけが、三人の顔とノートを白く照らしている。陽奈は鉛筆を握り直し、書きかけの台本を見つめた。 「これ、勢いはあるんだけどさ」 莉奈がページをぱらぱらめくる。 「私の出番が多いわりに、私だけ遊んでる感じしない?」 「遊んでるのは事実でしょ」 紬が即座に言うと、莉奈はむっとした顔を作った。 「事実でも言い方ってあるよね」 「あるけど、今は直す時間の方が大事」 陽奈は自分の書いた一文を指で追った。 「私は、たしかに最初から飛ばしすぎたかも。言いたいことが先に立って、動きが置いていかれてる」 「自覚あるなら早い」 紬は少しだけ息をついて、次の行に目を落とす。 「でも私は逆に詰めすぎた。細部を整えれば整えるほど、話が窮屈になる」 「真面目な人ほど、まじめに詰まるんだよね」 莉奈が肩をすくめる。 三人しばらく黙った。紙をめくる音だけが、小さく部室に落ちる。できあがったはずの原稿は、誰が読んでも一応は形になっている。けれど、読み返すたびにどこかちぐはぐで、笑いの温度も一定しない。 「声で押すと、短い分だけ慌ただしい」 紬がぽつりと言った。 「じゃあ、動きで見せるのはどうかな」 陽奈が顔を上げる。 「動き?」 「たとえば、言葉を増やさなくても伝わる仕草」 紬は自分のこめかみを軽く押さえて、指先をそっと離した。 「こういう、細かい癖みたいなもの。目薬みたいに、小さいのに妙に印象に残るやつ」 陽奈はその動きを見て、思わず吹き出した。 「なんか今の、じわっと来ました」 「でしょ」 莉奈がすぐ乗る。 「大げさに見せるんじゃなくて、本人は真剣なのに端から見ると変、ってやつだ」 「そうそう、それ」 紬がうなずく。 「声で全部説明しなくても、手元や視線で笑えるかもしれない」 陽奈は台本の余白に、いくつかの動きを書き足した。立ち止まる位置。視線を外す間。手が空ぶる一拍。 「これなら、言い合いより先に空気が動くかも」 「いいね」 紬が少し明るい声を出す。 「細かい仕草を軸にしたら、短い持ち時間でも見せ場が作れる」 「しかも、私の遊びも活きる」 莉奈が机を軽く叩く。 「だって、何もないところで真顔になったり、急に手元ばっかり気にしたりするの、絶対おもしろいし」 陽奈は笑いながら、さっきまでのもやもやが少しほどけていくのを感じた。三人とも違う方向を向いていたのに、今ようやく同じ場所を見始めた気がする。 「よし、じゃあ最初から見直そう」 紬がノートを新しいページにめくる。 「今度は、声で押し切る場面と、動きで笑わせる場面を分けてみる」 「私、さっきの勢いはちょっと抑える」 陽奈が言うと、莉奈がにやりとした。 「その代わり、動いた瞬間に急に変なことしないでね」 「しません」 「ほんとかなあ」 陽奈は鉛筆を握り直した。原稿の白い余白が、今度は少しだけ味方に見える。派手な言葉より、たった一つの仕草。大きな声より、気まずい間。その小さなずれが笑いになるなら、まだやれることはある。 紬が静かに言った。 「細かいところから立て直そう。たぶん、そこがいちばん効く」 莉奈が座布団の上で背筋を伸ばす。 「じゃ、次は私が見本ね。まずは変な顔じゃなくて、変な手つきから」 「そこから始めるんだ」 陽奈は笑った。夜の部室には、紙の匂いと鉛筆の粉っぽい匂いが混じっている。その真ん中で、三人の視線がもう一度、同じ台本へ集まった。

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