エラベノベル堂

落語部の昼下がり

全年齢

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7章 / 全10

夕方の光が体育館の壁を斜めに這って、準備スペースの床に細い金の線を落としていた。衣装の布と小道具の箱を並べ直していた陽奈は、紬の手元を見ながら、もう一度台本の束をそろえる。 「これで、動きの流れも大丈夫……のはず」 「はず、って言い方がもう不穏なんだけど」 莉奈は軽く笑って、机代わりの台の端に紙束を置いた。次の瞬間、風でもないのにページが一枚すべり、別の束の間に紛れ込む。 「あ」 その短い声で、三人の動きが止まった。 「今、何か入れ替わったよね」 陽奈が恐る恐る指さすと、莉奈は首をかしげた。 「え、ちょっと待って。今の、たぶん私」 「たぶんじゃ困るんだけど」 紬が束を取り上げて確認し、すぐに眉を寄せた。 「やっぱり一部違う。こっちの段落が、別の場面に入ってる」 「うそ、そんなことある?」 「あるから困ってるの」 莉奈は申し訳なさそうに両手を上げた。 「ごめん、並べたつもりが、見た目だけそろえて中身をずらしたみたい」 陽奈は笑いかけたが、すぐに台本を見直して顔を引き締める。 「直す時間、もうあんまりないよね」 「ないね」 紬の答えは静かだった。けれど、その静けさの奥で、すぐに考えを切り替える気配がした。 「だったら、つないでいこう。全部を完璧に戻すより、今ある順で成立させる」 「即興で?」 「即興で」 莉奈が不安げに笑うと、紬は頷いた。 「こういう事故は、むしろ流れを生むことがある。変に隠さず、見えた違和感をそのまま話に混ぜればいい」 陽奈は一度息を吸い、紙の順番を見比べた。 「じゃあ、入れ替わったところを、勘違いしたまま進んだことにする?」 「それなら辻褄は合う」 「合うようで、ちょっと合わないけどね」 莉奈が苦笑した。その苦笑いが、妙に芝浜の景色を思わせた。大事なものを失くしたと思い込んで、誰かを責めそうになって、それでも確かめ合ううちに、見えていなかった気持ちが浮かび上がる。今回のずれも、似ていた。 陽奈は紬を見て、それから莉奈を見る。 「……でもさ、今のって、莉奈がうっかりしただけで終わらせたら、ちょっともったいないかも」 「え」 「だって、こうして話したから、直せるし」 紬も紙束を軽く叩いた。 「それに、莉奈が入れ替えたことで、私たちがどう受け止めるかも見えた。慌てるより、支え合う方が、たぶん面白い」 莉奈は目を丸くして、それから照れたように視線を逸らした。 「……怒られると思った」 「怒るだけなら簡単だよ」 陽奈は笑って、紬の隣へ寄る。 「でも、私たちの台本って、そういうのじゃないでしょ。うっかりした人を置いていく話じゃなくて、拾って続ける話」 紬が小さく息を吐いた。 「うん。拾って続ける。たぶん、そこが一番大事」 莉奈は入れ替わった紙を丁寧に持ち直した。 「じゃあ、私も続ける。次は勝手に増やさない」 「ほんとに?」 「ほんとに、たぶん」 「そこは少し不安なんだ」 三人で顔を見合わせると、さっきまでの焦りが、いつの間にか小さな笑いに変わっていた。紙は確かにずれている。けれど、そのずれを見て黙り込むより、口に出して確かめ合った今の方が、ずっと自然だった。 紬は並べ直した束を胸に抱え、静かに言う。 「このまま、入れ替わったところからつなごう。勘違いしたまま進んだように見せて、最後に本音が出る形にする」 陽奈はうなずいた。 「うん。誤解したまま始まって、でもちゃんと分かり合える感じ」 莉奈も、今度は逃げずにうなずく。 「それなら、私のうっかりも役に立つってことか」 「役に立つ、って言い方はちょっとだけ腹立つけど」 「でも、役には立ってる」 紙束の端を揃えながら、陽奈はふっと笑った。事故みたいな入れ替わりが、三人の距離を確かめる合図になるなんて思わなかった。けれど、こうして並び直した台本の重みは、さっきよりずっと頼もしい。 紬が台本を開き、莉奈が肩をすくめ、陽奈がその横で息を整える。 「よし、もう一回つなごう」 誰に向けた言葉でもないのに、ちゃんと三人分の返事が返ってきた。

7章 / 全10

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