エラベノベル堂

落語部の昼下がり

全年齢

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7章 / 全10

文化祭の幕が上がる直前、私の胸の中では、太鼓よりも忙しく心臓が鳴っていた。袖で扇子を握りしめていると、先輩が平然とした顔で覗き込んでくる。 「顔が硬い。豆腐なら崩れるぞ」 「豆腐よりは丈夫です」 「じゃあ大丈夫だな」 その雑な励ましに、少しだけ肩の力が抜けた。 ところが、いざ出番になると、客席のざわめきが波みたいに押し寄せてきて、私の中の言葉がいっせいに薄くなった。最初の一節を口にした瞬間、思っていたより声が震える。けれど、その震えを拾うように、前列の生徒が小さく笑った。笑われたのではなく、受け取られた気がした。 私は続けた。覚えた通りに言うのではなく、目の前の空気に手渡すように。すると、昨日まで引っかかっていた台詞が、急に自分のものになっていく。勘違いで話がこじれる場面では、客席のあちこちから期待するような息が漏れた。そこで、袖にいた同級生の男子が、うっかり扇子を落とした。 からん、と小さな音が響く。誰もが一瞬そちらを見たが、私は咄嗟に拾わず、台詞の中でその音を拾った。すると先輩がすかさず、まるで用意していたかのように 「今のは風が聞き耳を立てましたな」 と返す。場内にどっと笑いが起きた。事故だったはずの音が、まるで最初から仕込まれたオチみたいに転がる。 その流れに乗って、私は最後まで言い切った。終わりの挨拶の時、客席は思った以上に温かかった。拍手の中には、私たちの演目を真似した小さな手振りまで混じっている。成功だ、と胸の奥で思った、その瞬間だった。 舞台袖へ戻ると、先輩が満足そうに頷いていた。だが次の瞬間、先輩は私の台本をひらりとめくり、見慣れない赤い印を見つける。 「ん?」 その印は、昨日まで誰も気づかなかったページにだけ付いていた。私は息をのんだ。そこには、文化祭用の目印ではなく、図書委員からの返却期限の判子が押されていたのだ。 「これ、うちのじゃない」 同級生の女子が目を丸くする。男子が青ざめて、そういえば先週、図書室で似た台本を借りた覚えがあると白状した。 「貸出用の本、間違えて持ってきたのか」 先輩が額を押さえる。けれど次の一言は、誰よりも軽かった。 「まあいい。今日の噺は、図書室まで届いたってことだ」 私たちは顔を見合わせて、とうとう吹き出した。きっちり準備したはずの高座は、最後の最後で、別の誰かの本棚までつながっていたらしい。観客の拍手が遠くでまだ鳴っている。私は赤い印のついた台本を胸に抱き、思った。落語は、ちゃんとした終わりに着地するものじゃない。思いがけないところで、次の話へ転がっていくのだと。

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