ようやく追いついた先で、白い羽は体育館の裏の壁際にひときわ目立っていた。公平が肩で息をしながら立ち止まると、奏が膝に手をついて顔をしかめる。 「なんでこっちまで来るんだよ……」 「逃げるってことは、行き先があるってことじゃない?」 結衣は息を整えつつも、どこか冷静だった。だが、その冷静さも次の瞬間に崩れる。壁の向こうから、別の声が重なったからだ。 「え、これ、うちの材料じゃん」 「いや、卵の話なら農業のほうだろ」 見覚えのない騒ぎではない。けれど見慣れた顔が、なぜか別の制服や腕章をつけている。料理研究会の数人が、手に紙袋を抱えたまま立ち尽くし、その向こうでは農業委員会の生徒が腕組みをしている。誰かが追いかけてきた拍子に、部員たちの勢いがそのまま合流してしまったらしい。 「待って待って、説明するから!」 公平が声を張ると、奏がすかさず前に出た。 「説明はする。でも先に言うけど、これはただの迷惑事件じゃない」 「どういう意味」 料理研究会の先輩が眉をひそめる。奏はそこで一歩も引かず、まるで壇上に立つみたいに胸を張った。 「卵かけご飯の議論は、卵がどこから来て、誰がどう手をかけているかまで考えなきゃ意味がない。値段だけ見て贅沢だとか日常だとか言っても、食べる背景を見落とすだろ」 一瞬、体育館の裏がしんとした。農業委員会の生徒が、思わずニワトリのほうを見る。料理研究会の誰かは、抱えていた紙袋を持ち直した。 「背景、ねえ」 「それなら、うちも無関係じゃないな」 ぽつりぽつりと声が広がる。公平は、その空気が変わるのを感じた。さっきまでの追いかけっこが、いつの間にか別の熱を帯びている。白いニワトリは相変わらず落ち着かないが、もう誰もただの騒ぎとしては見ていなかった。 「料理する側も、育てる側も、食べる側も、全部つながってるってことだよ」 奏はなおも言葉を重ねる。 「だから、卵かけご飯はただの安い朝食じゃない。手間も、気持ちも、選び方も含めて、初めて語れる」 「……妙に熱いわね」 結衣が小さく笑った。その笑みは呆れ半分、納得半分だ。 公平は散らかった資料のことを思い出した。最初は許可をもらうための説明だったはずなのに、もう場はそこだけでは収まらない。料理研究会は材料の扱いに敏感で、農業委員会は生き物の都合に詳しい。違う立場の言葉が、ひとつの場所でぶつかり始めている。 「……これ、部だけの問題じゃなくなってるな」 公平がつぶやくと、紗希が楽しそうに目を細めた。 「そういうの、嫌いじゃないでしょ」 「嫌いじゃないけど、ここまで広がるとは思わなかった」 「広がったなら、広がったで考えるだけよ」 奏は深く息を吸って、もう一度みんなを見渡した。 「食の話って、結局は人の話だからな」 その言葉に、誰もすぐには返せなかった。ニワトリが小さく身を震わせる。公平はその姿を見て、散らばった騒ぎの中心が、いつの間にか学校全体の関心事に変わっているのを悟った。体育館の裏には、まだ言葉になっていない熱が残っていた。
卵かけご飯論争部
全年齢小説ID: cmnhceexx000001o0bgtr8oty
