夜が深まるにつれて、地下の会議室は昼よりずっと静かだった。蛍光灯の明かりの下、机には今日までに集まった売上の帳簿が広げられている。会長はその数字を見て、しばし口元をゆるめた。 「……増えてるな」 「増えてますね」 副長が頷く。若い幹部は電卓を弾き、目を丸くした。 「占いも清掃も、こんなに入るなんて。結社、もしかして向いてます?」 「向いてるって言うな。こっちは怖がらせる側だぞ」 会長はそう言いながらも、帳簿の端を指でなぞる。赤字ばかりだった頃が、すでに遠いことのように思えた。 「これなら、しばらくは灯りも落ちないな」 「それは素直に喜んでいいんですか?」 副長の問いに、会長は鼻で笑った。 「喜べるうちに喜んでおく。悪の組織らしくないがな」 そのとき、若い幹部が机の脇に積まれた封筒の束を持ち上げた。ずしりと重い。 「それより、こっちです」 「何だ、それ」 「手紙です。……しかも、全部、感謝の」 会長の眉がぴくりと動く。副長が先に一通を開き、無表情のまま読み上げた。 「昨日の助言で眠れました。久しぶりに朝が怖くありませんでした、だそうです」 「やめろ」 会長は片手で顔を覆った。 「こういうのは、心にくる」 若い幹部が次の封筒を差し出す。 「こっちは、公園がきれいになって助かりました、って。子どもがまた来てねって言ってました、だって」 「読むなって言ってるだろ」 「でも、全部そうなんです」 副長の声は静かだった。開いた手紙を、さらに一枚めくる。 「相談してよかった。便利にしてくれてありがとう。見えないところで助けてくれているみたいで安心しました」 会長は机に突っ伏した。 「助けている、だと?」 「そう受け取られていますね」 「俺たちは秘密結社だぞ」 「ええ。なのに、感謝されてます」 沈黙が落ちる。帳簿の数字は確かに誇らしい。だが、その横に積み上がる礼状の山は、勝ち誇る気分を妙に居心地悪くしていた。誰も傷つけていない。むしろ、喜ばれている。そこが一番、彼らの肩を重くする。 「……悪者になれないな」 会長がぽつりと言うと、若い幹部が苦笑した。 「なれないですね」 「なりたくても、手紙が邪魔だ」 副長は封筒をそっと揃え、ため息をついた。 「それに、世間ももう気づき始めています。もっと役に立てることをしろ、と」 「誰がそんなことを」 「この手紙の人たちです。似たような要望が、ほとんどです」 会長は天井を見上げた。薄い蛍光灯が、やけにまぶしい。 「役に立つ企画を、もっと、だと」 「ええ」 「……怖がらせる予定だったんだがな」 若い幹部が、封筒の山を抱え直す。 「でも、もう無理ですよ。これ、期待の重さが違います」 副長が小さく笑う。 「重いですね。しかも、嫌な重さじゃない」 会長は舌打ちしかけて、やめた。帳簿の黒字は確かに増えた。だがそれ以上に、机の上には次へ進めという無言の圧が積み上がっている。 「……もっと役に立つ企画、か」 誰に言うでもなくつぶやいた瞬間、封筒の端から、一枚だけ便箋が滑り落ちた。会長がそれを拾い上げる。そこには、たった一行だけ、丁寧な字でこう書かれていた。 次も、楽しみにしています。 会長は、その一文を見つめたまま動けなかった。
秘密結社の便利屋
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