「ねえ、仮面の付け方、教えて!」 会長は一瞬、言葉を失った。壇上の端で仮面を持ったまま固まる。見上げてきた子どもの目は、怯えより好奇心で輝いていた。 「教えるなよ、そういうのは」 若い幹部が小声で突っ込む。だが子どもはもう前のめりだ。 「だって、かっこいいじゃん。どうやったらそんなふうに見えるの?」 「見せ方を間違えると、ただの不審物になるぞ」 会長が渋く返すと、周囲から笑いが起きた。その笑いが、不思議なくらい温かい。さっきまで黒い布に向けられていた視線は、いまや舞台の一部みたいに明るくなっている。 副長が静かに前へ出た。 「付け方は簡単です。まず、相手を怖がらせるためじゃなく、自分たちの役割を忘れないために使います」 「役割?」 「そう。慌てている人がいたら落ち着かせる。困っている人がいたら、目印になる。仮面は隠す道具にも見えるけれど、守るための合図にもなる」 子どもはふむ、と真剣な顔でうなずく。 「じゃあ、秘密の警察みたい」 「もっと平和です」 副長の答えに、また笑いが広がった。 会長は額を押さえ、天井を仰ぐ。怖がらせるための演出だったはずなのに、こうして説明すればするほど、ただの親切な集まりに変わっていく。いや、もう変わっているのかもしれない。 入口近くでは、先ほどまで見物していた大人たちが、子どもに場所を譲りながら自然に列を整えていた。誰かが倒れてもすぐ座れるように、椅子の向きまで変わっている。 「すごいな……」 若い幹部がぽつりと漏らす。 「何がだ」 「俺たち、見守られてます」 会長は鼻で笑った。だが否定できない。さっきから誰かが飲み物を運び、会場の端では参加者同士が互いに声をかけ合っている。黒い布の前に、妙に安心した空気が育っていた。 「見守り隊、ね」 誰かが冗談半分に言った。その言葉に、数人がすぐ反応する。 「いいじゃん。あの人たち、困る前に動いてくれるし」 「前より安心するよね」 「怖いはずなのに、いると落ち着く」 会長の口元が引きつる。 「待て。こっちは秘密結社だぞ」 「でも、助かってるのは本当です」 副長がさらりと言う。 「それに、秘密なら秘密で、見守る方が向いているのかもしれません」 「向いてるって言うな」 苦々しく返しながらも、会長は気づいていた。会場の空気は、もう完全にこちらの思惑を離れている。仮面も黒い布も、怖さではなく目印として受け取られているのだ。 子どもが手を伸ばし、恐る恐る仮面の縁を指でつつく。 「これ、家に帰ったら描いていい?」 「絵ならな」 会長が投げやりに答えると、嬉しそうな声が上がった。 その瞬間、体育館の隅から大人の笑い声が重なる。誰かが 「今度は夜の巡回もお願いしたい」 と言い、別の誰かが 「いえ、見守りっていうなら、こっちも協力します」 と返した。 会長はそのやり取りを聞きながら、仮面をゆっくり下ろした。 「……どうしてこうなる」 副長は少しだけ目を細めた。 「怖がられるより、頼られる方が早かったんでしょう」 「俺たちのどこに、そんな要素が」 「全部です」 あまりに即答だったので、会長はそれ以上文句を言えなかった。壇上の下では、子どもたちが仮面の順番を待ちながら、肩を寄せ合っている。会場はもう、儀式の場ではない。地域の顔が集まって、互いを見渡す場所になっていた。 会長は小さく舌打ちし、しかしその声はどこか柔らかい。 「……次は、もっと悪そうに見せる方法を考えるか」 そのつぶやきに、また会場が笑う。だが今度は、笑いの中に安心が混じっていた。秘密結社はいつの間にか、地域の見守り隊みたいなものとして歓迎されている。会長は、その事実を認めたくないまま、仮面を片手に持ち直した。
秘密結社の便利屋
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