冬真がその依頼書を見つけたのは、いつもより遅い夕方だった。町の外れ、古い温室の再生を手伝ってほしいという話だが、差出人の名がない。しかも報酬欄には、現金ではなく契約更新の証書が添えられていた。 「これは、ただの修繕ではないな」 会議室の空気が引き締まる。黒曜会が受ける仕事は増えたが、ここまで妙に整った依頼は初めてだった。温室は長年放置され、今では雑草に飲まれた半壊の建物として町のはずれに沈んでいるらしい。だが、添えられた地図の端には、周辺一帯の土地利用図まで細かく書き込まれていた。 翌朝、彼らが現地に向かうと、そこには見慣れた顔が待っていた。町長でも商店主でもない。隣町の開発業者を名乗る若い男だった。彼は人当たりのいい笑みを浮かべながら、温室を核にした再開発計画を語った。広場を潰し、古い家並みを整理し、効率のいい区画を作れば町はもっと稼げる。黒曜会が修繕を請け負えば、その先の調整も滑らかに進むはずだ、と。 冬真は地図を見たまま黙った。業者の話は筋が通っていた。だが、その効率のよさは、これまで黒曜会が守ってきたものを静かに押し流す匂いがした。 「儲かるなら悪くないだろう」 誰かが言いかけた瞬間、温室の奥から小さな物音がした。よく見ると、そこには年配の人々が密やかに腰を下ろし、手入れの止まった鉢植えを抱えていた。みな、立ち退きの話を聞かされて不安を抱えた近所の住民だった。彼らは再開発の数字ではなく、ここで育った野菜や、昔の祭りの記憶を守りたくて集まっていたのだ。 冬真は業者の笑みが、少しも目に届いていないことに気づいた。あの人は町を良くするために来たのではない。町を整えて、言い換えれば削り取ろうとしているだけだ。 そのとき、壁際の古い機械が低く唸った。まるで警告するように、以前より強い音だった。黒曜会の面々は顔を見合わせる。これまでなら、困りごとを片づければ終わっていた。だが今回は、片づける相手そのものを選ばなければならない。 冬真は依頼書を静かに折り、業者へ向き直った。 「この仕事は受けません。温室は直します。けれど、壊す相談には乗らない」 予想外だったのは、相手の表情が一瞬で剥がれたことだ。温和な仮面の下から、焦りと苛立ちがのぞく。そこへ近くで見守っていた住民たちが、ひとり、またひとりと立ち上がった。黒曜会が町で積み上げた信頼が、目に見える形で背中を押したのだ。 数日後、再開発の話は白紙になった。代わりに温室は、皆で育てる共同園として生まれ変わることになる。報酬は減ったが、依頼は途切れなかった。しかも、今度は誰もが少し胸を張って黒曜会を呼べるようになった。 結局、彼らは資金を稼ぐだけでは終わらなかった。町に選ばれ、町を選び返したのだ。秘密結社の扉の前には、今日も新しい相談書が積まれている。
秘密結社の便利屋
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