エラベノベル堂

秘密結社の便利屋

全年齢

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8章 / 全10

「今から、始めます」 深夜の静けさに、配信開始の合図だけがやけに軽く響いた。狭いネット配信室には、黒い布で囲った机と、少し古いカメラ、それから仮面を並べた棚がある。会長は画面の向こうを見て、渋い顔のまま腕を組んだ。 「……都市伝説風、だっけ」 「そうです。怖がらせて、視聴者を集めて、収益化です」 副長が淡々と言う。若い幹部は照明の位置を直しながら、妙に自信ありげにうなずいた。 「今回は本気で不穏に見せます。深夜、正体不明、謎の結社。完璧ですよ」 「完璧の方向がいつも違うんだよな」 会長がぼやくと、配信画面のコメント欄が一斉に流れ始めた。 思ったより暗くないですね 仮面かわいい この時間まで起きててつらいので何か元気出る話を 副長が一瞬だけ目を閉じる。 「かわいいは、予定外です」 「誰がかわいい仮面を持ち込んだ」 会長が視線を向けると、若い幹部が肩をすくめた。 「威圧感を足そうとしたら、逆に手になじむ形になって」 「なじませるな」 だが配信は止まらない。会長が低い声で、街の外れに現れるという影の噂を語るたび、コメント欄は怖がるどころか妙に親切になっていく。 それ、うちの近所かも 最近、夜道が暗いので見回り情報ほしいです 似たような話なら、近くの公園で迷子対応できる人がいます 会長は眉間を押さえた。 「いや、怖がれよ」 「怖がる材料が足りません」 副長が即答する。 「不安を煽るつもりでも、言葉が落ち着いていると、相談が先に来ますね」 その通りだった。画面の向こうでは、いつの間にか困りごとの話が増えている。仕事で余裕がない、子どもが眠れない、近所で騒音が気になる。すると、別の視聴者が助言を返し、さらに支援を申し出る。 うちの店、夜食を少し出せます 勉強場所が足りないなら、空き部屋あります その件なら専門の窓口を知っています 若い幹部が目を丸くした。 「支援の申し出、こんなに来るんですか」 「来るな」 会長は即座に返したが、もう遅い。コメント欄はいつのまにか善意で埋まり、怖い話のはずが、互いの生活を気づかう掲示板みたいになっていた。 「……何なんだ、これは」 副長はモニターを見つめたまま、少しだけ口元を緩める。 「たぶん、怖さより先に、役に立てる場所だと思われています」 「それでいいのか」 「よくはないかもしれません。でも、悪くもないです」 会長は言い返せなかった。誰かが画面の向こうで、丁寧にお礼を書いている。 お話の続きより、相談に乗ってくれて助かりました 次も見ます。もし困っている人がいたら、呼んでください 「呼ぶなっての」 そう吐き捨てながらも、会長の声はどこか弱い。 若い幹部が、受信した支援申し出の一覧をそっと閉じた。 「収益の話、どこ行ったんでしょうね」 「最初から行方不明だ」 深夜の画面には、まだコメントが流れ続けている。仮面の影は不穏どころか、妙に安心できる目印として扱われ、配信室の空気は重いはずなのに、なぜか温かい。 会長はカメラの赤い点を見つめたまま、深く息を吐いた。 「……次、どうやって怖くする」 その問いに返るのは、善意のコメントと、ささやかな支援の申し出だけだった。

8章 / 全10

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