エラベノベル堂

拾いものメイドの恩返し

全年齢

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4章 / 全10

夕方になっても、試作七号の手は止まらなかった。湯気の立つ茶碗を運び、散らばった紙片を揃え、俺がうっかり床に置いた工具箱まで、きちんと定位置へ戻す。だがそのたびに、動きの端が少しずつずれていく。棚を拭こうとして空中に向かって礼をしたり、湯のみを並べるつもりが妙に拍子のいい列を作ったり、まるで真面目な優等生が急に迷子になったみたいだった。 「大丈夫か、お前」 「はい。たぶん。少しだけ、世界の形が違って見えます」 そう言って彼女は目を細めた。俺には意味がわからなかったが、困っている様子はない。むしろ、何かを確かめるような静けさがあった。ふと見ると、彼女の胸元で小さな端子が淡く光っている。昼間見つけた、欠けていたはずの部品だ。 「それを入れたのか」 「まだです。けれど、入れる前から少し変わった気がします」 彼女は机の上の古い目覚まし時計を持ち上げ、耳に当てた。針は止まっているのに、なぜか規則正しい音がする。 「これは捨てるのですか」 「壊れてるし、使わないな」 「では、捨てる前に一度だけ鳴らしてもいいですか」 首をかしげる仕草が妙に自然で、俺は頷いた。すると彼女は時計を両手で包み込み、そっと息を吹きかけた。次の瞬間、部屋のどこかで小さくチリンと鳴った。机の下、箱の陰、窓辺の瓶まで、順番に音が返ってくる。まるで部屋じゅうが一斉に目を覚ましたみたいだった。 「おい、何をした」 「呼びました。眠っているものは、たまに返事をするので」 その理屈はむちゃくちゃなのに、なぜか否定しきれない。俺が笑うと、試作七号も少し遅れて笑った。笑った拍子に、肩の飾り紐がほどけ、彼女は慌てて結び直そうとして、今度は俺の洗濯ばさみを勝手に使い始める。 「それ、衣類に使うやつだぞ」 「知っています。ですが、今は紐を留めるのにちょうどよさそうです」 そんな調子で、気づけば部屋はまた少しだけ整っていた。整っているのに、昨日よりうるさくて、昨日より暖かい。役に立つかどうかで分けていたはずの物たちが、誰かの手で別の意味を持っていく。その真ん中で、試作七号は完成品みたいに胸を張るのではなく、未完成のまま、堂々とそこに立っていた。 「ご主人様」 「なんだ」 「私、たぶん、恩返しの仕方を少し間違えています」 「いいんじゃないか」 「間違えていても、うまくいくでしょうか」 俺は窓の外に沈みかけた空を見て、それから彼女の手元の小さな端子を見た。拾ったものは、捨てない限り終わりじゃない。人だって、たぶん同じだ。 「たぶんじゃない。うまくいくさ」 そう答えると、試作七号は本当にうれしそうに目を丸くした。次の瞬間、彼女の口から小さな鼻歌がこぼれ、部屋の片隅で空き缶がひとつ、ころんと転がった。俺は頭を抱え、それでも笑ってしまう。 この夜から、うちの部屋は少し騒がしくなるらしい。だが、悪くない。むしろ、その騒がしさこそが、拾い集めた日々の続きなのだと思えた。

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