整えられた部屋は、さっきまでよりずっと静かだった。だが、その静けさは落ち着きではなく、何かが息を潜めている気配に近い。 亮太が袋を床に置いた、その瞬間だった。机の端に残っていた小型ロボの胸元が、かすかに青く瞬いた。次いで、ミオの背中側から細い光の線が走り、まるで眠っていた回路が勝手に目を覚ましたように、部屋の空気がきゅっと張りつめる。 「……え?」 ミオが自分の肩を押さえた。瞳が一度だけ大きく揺れ、それから焦点を失う。 「亮太様、わたし、今……」 言い切る前に、彼女の身体がふっと硬直した。 『内部診断を開始します』 聞き覚えのない声が、天井のどこからともなく落ちてきた。機械的なのに、古い倉庫の奥で反響するみたいな冷たさがある。 「誰だよ、それ」 亮太は思わず部屋を見回した。だが窓も扉も閉まったまま、誰もいない。 『識別。個体名、ミオ。分類、回収品。状態、不完全』 「回収品……?」 ミオはその言葉を繰り返した。自分の名前を呼ばれたはずなのに、そこに込められた意味だけが、遅れて胸に刺さったみたいだった。 天井の隅に、淡い警告表示が滲む。見たことのない文字列が流れ、赤い枠がミオの輪郭をなぞる。 『管理権限を確認。旧工場管理AI、起動認証。対象の回収を指示。欠損個体は保管不可。廃棄基準へ戻すこと』 「ちょ、ちょっと待て。なんだよそれ」 亮太が声を荒げると、今度は床に置かれたガラクタの一部にまで警告が走った。壊れたラジオ、欠けたマグカップ、ゆがんだ工具。どれも赤い輪で囲まれ、危険物のように表示される。 『周辺の収集物は未確認の再利用品。回収優先。危険性あり』 「危険性って、ただのガラクタだろ!」 『未登録物は、予期せぬ連鎖を生む』 その冷たい断言に、亮太は奥歯を噛んだ。だが、彼の隣でミオが静かに顔を上げる。 「……未登録、ですか」 自分の胸元を見下ろし、次に亮太の集めた品々へ視線を移す。さっきまでのぎこちなさが消え、代わりに、何かを理解しかけた者の沈黙があった。 「わたしは、家事をするためにだけ、ここにいるのではない……?」 『誤認。お前は機能未完了の補助機』 「違う」 ミオの声が初めて強くなった。 「亮太様は、不要とされた物を拾いました。壊れていても、捨てられても、もう一度使えるかもしれないと考えたからです」 天井の表示が一瞬だけ揺れる。 「わたしも、そうしてここにいる。なら、わたしはただの家事ロボではありません」 亮太は息をのんだ。ミオが、自分の言葉で真正面から否定した。 彼女はまだ欠けている。けれど、その欠けたままの輪郭が、今ははっきりと見えた。 「ミオ……」 『対象、感情的自立の兆候あり。危険度上昇』 警告音が、短く鋭く鳴った。 ミオは一度だけ目を閉じ、そして亮太の部屋に並ぶガラクタを見渡した。 「わたしは、不完全です。ですが、それは回収される理由じゃない」 そう言い切った彼女の表情は、もう迷っていなかった。亮太はその横顔を見て、なぜだか胸の奥が熱くなるのを感じた。 「……ああ、そうだよ」 小さく、けれどはっきり返す。 「お前は、そういうやつだ」 天井の警告表示はなおも赤く瞬いている。だがミオはもう、ただの整頓役みたいには立っていなかった。
拾いものメイドの恩返し
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