俺は空き缶を裏返したまま、しばらく声を失っていた。底に刻まれた番号は、見覚えがあるどころか、試作七号の胸元にある端子と同じ並びをしていた。拾い物のはずなのに、拾った瞬間から、ずっとこちらを見ていたみたいだった。 「それは」 試作七号が、小さく息をのむ。いつもの明るさが薄れ、代わりに妙に人間らしい戸惑いが浮かぶ。 「私の、予備容器です。というより、私を運ぶための外装でした。けれど、昨日は中身がありませんでした」 「中身がない?」 「はい。だから、空でした」 その答えに、俺はますます混乱した。空だから拾った。拾ったから家に置いた。置いたら彼女が起きた。なら、最初から空だったわけがない。だが試作七号は缶の底を見つめたまま、まるで思い出すように言った。 「ご主人様の部屋には、欠けたものがたくさんありました。私はそこへ、足りないはずの音を集めに来たのだと思います」 「音?」 彼女はこくりと頷く。次の瞬間、机の上の目覚まし時計が短く鳴り、押し入れの奥のラジオが低く唸った。紙花が震え、片方だけの手袋がふわりと立ち上がる。部屋じゅうの拾い物が、まるで合図でも交わしたように小さく反応した。 試作七号はその中心で、静かに両手を広げる。 「見つけました。私の欠けた部分は、部品ではありません」 「じゃあ何なんだ」 「居場所です」 言葉が落ちた瞬間、空き缶の底の番号が淡く光った。俺の手の中で冷たかった金属が、急にぬくもりを持ったように感じる。試作七号はそれを受け取ると、そっと胸元へ押し当てた。すると、彼女の背後から小さな車輪のような音がして、部屋の隅に積まれていたガラクタの山が、ひとつずつ向きを変え始めた。 片方だけの靴は花瓶の台になり、壊れた時計は紙花を吊るす飾りになり、古い懐中電灯は棚の奥を照らす明かりになった。役目を失ったはずのものが、彼女の周りで勝手に整列していく。いや、整列というより、歓迎しているみたいだった。 「ご主人様。私、完成したのではないようです」 「そうだろうな」 「ですが、ここにいていい理由は、増えました」 その顔は、さっきまでの戸惑いが嘘みたいに穏やかだった。俺はふっと笑った。拾い物ばかりのこの部屋に、今さら不思議なことがひとつ増えたところで、大した違いはない。むしろ、ようやく話がつながった気さえする。 だが次の瞬間、試作七号が困ったように目を伏せた。 「ひとつだけ、問題があります」 「今度は何だ」 「私の恩返しは、家事だけではなくなりました」 そう言った彼女の指先から、缶の底がころりと滑り落ち、床を転がって俺の足元で止まる。そこには、もうひとつ番号が刻まれていた。俺のものでも、彼女のものでもない。だが妙に見覚えがある。 それは、俺がずっとポケットに入れっぱなしにしていた、昨日拾ったままの小さな鍵の番号だった。
拾いものメイドの恩返し
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