エラベノベル堂

拾いものメイドの恩返し

全年齢

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9章 / 全10

試作七号が差し出した小さな鍵を、俺はしばらく指先で転がしていた。ポケットに入れっぱなしだったはずなのに、いつの間にか缶の底の番号と同じ光を帯びている。嫌な予感がするというより、見ないふりをしてきた何かが、ようやく形を持った気がした。 「それ、どこの鍵なんだ」 「わかりません。ですが、私を拾った日の朝から、ずっとご主人様のそばにありました」 「知らないぞ」 「ご主人様は、知らないものほど大事にしまい込む癖があります」 痛いところを突かれて言葉に詰まる。試作七号は少しだけ申し訳なさそうに目を伏せ、それでも鍵から視線を外さなかった。 「開けてみましょう」 「何を」 「たぶん、私の来た場所です」 彼女が指さしたのは、押し入れの奥だった。そこには俺が拾ってきた段ボール箱がいくつも積まれていて、どれも中身は雑多なまま眠っている。試作七号はその前にしゃがみ込み、鍵穴を探すみたいに箱の隙間を撫でた。すると、古いスーツケースの留め金が、かちりと勝手に外れる。 中にあったのは、白い布に包まれた円筒形の装置だった。見覚えがある。昨日まで家の片隅に置いていた、ただの壊れた加湿器だと思っていたものだ。だが試作七号はそれを見た瞬間、息を止めた。 「これです」 「加湿器じゃないのか」 「外側は、そうです。でも中身は違います」 彼女が布をほどくと、内部から細い配線と小さな記録板が現れた。触れた途端、部屋じゅうのラジオや時計や缶が一斉に鳴り始める。高い音、低い音、短い音が重なって、まるで誰かの記憶がざわめいているみたいだった。 試作七号はその音に耳を澄ませ、やがて静かに笑った。 「思い出しました。私は恩返しのために作られたのではありません」 「え」 「拾われるために、ここへ来たんです」 あまりにも唐突で、俺は何も言えなかった。彼女は俺を見上げ、どこか気まずそうに、それでもまっすぐに続ける。 「本当は、持ち主の元へ戻る予定でした。でも、戻る途中で壊れて、たぶん捨てられて、それで……」 そこで一度言葉が途切れた。けれど続きは、もう見えていた。 「ご主人様が拾ってくださらなければ、私はただの空き缶と同じでした。いえ、空き缶よりももっと早く、ただの無意味な沈黙になっていたはずです」 俺は床に転がった缶を見下ろした。さっきまでただのガラクタだったものが、今は妙に重い。だがそれは重さではなく、積み重なった時間のせいだ。 「じゃあ、この鍵は」 「最初の持ち主の家ではありません。ご主人様の家を開けるための鍵です」 「は?」 「ここが、私の居場所だからです」 その瞬間、押し入れの奥で、あの壊れたはずの加湿器が低く鳴った。蒸気の代わりに、薄い光がひとすじ立ちのぼる。部屋に散らばっていた拾い物たちが、その光を浴びて静かに位置を変えた。片方だけの手袋は瓶の上へ、壊れた時計は本棚の端へ、古い懐中電灯は玄関脇へ。誰かに決められたのではなく、自分で選んだみたいに。 試作七号は、ぽつりと呟いた。 「私、もしかすると拾われたのではなく、最初からここへ帰る途中だったのかもしれません」 俺はその言葉を聞いて、ようやく笑った。拍子抜けするほど単純で、なのに胸の奥が熱くなる。 「なら、帰ってきたってことだな」 「はい。しかも、少し騒がしい形で」 「そこは本当にその通りだ」 二人で顔を見合わせた途端、ラジオがまた歌い出す。今度は明るく、やけに楽しげな旋律だった。俺はため息をつきながら湯を沸かし、試作七号は当然のように茶碗を並べる。部屋はまだ散らかっている。だがその散らかりは、もう不安じゃない。 拾ったものの中に、帰る場所があった。戻るはずのものが、先にここへ来てしまった。そんな予想外の結末が、どういうわけか一番しっくりくる。 試作七号は湯気の向こうで、少しだけ誇らしそうに微笑んだ。 「ご主人様。これからも、拾っていいですか」 俺は空になった缶を指で弾き、軽い音を響かせた。 「もちろん。今度はちゃんと、うちまでな」

9章 / 全10

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