エラベノベル堂

居酒屋帰りの三人組

全年齢

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4章 / 全10

「聞き込みか」 親方が商店街の通りを見渡して、鼻の頭を指でこすった。昼を過ぎた店先には、買い物袋を下げた人と、軒先で世間話をする顔なじみが点々といる。先生は襟元を正しながら、空いた右手で帽子のつばを押さえた。 「店の中でじっとしていても埒が明かん。あの人、外で何をしていたか、少しは分かるかもしれん」 「分かるといいがな。呼び名しか知らん相手を探すなんて、年を食ってからやることじゃねえ」 「今さら言うな。もう巻き込まれている」 二人は最初に、八百屋の前で立ち話をしていた常連に声をかけた。社長と呼ばれる男のことを知らないか、と尋ねると、相手は首をひねるばかりだった。 「社長? いやあ、店の常連さんかい。顔は見たことある気もするが、本名まではねえ」 続いて、魚屋、文房具屋、角の理髪店。誰に聞いても返ってくるのは似たような答えだった。名前は知らない。だが、妙に段取りのいい人だった、という印象だけが残っている。 「段取り?」 先生が聞き返すと、理髪店の女将が笑った。 「ええ。地域の集まりで、あの人がいると話が早いのよ。椅子の並べ方から茶菓子の数まで、先に頭の中で済ませてるみたいでね」 親方が目を見開いた。 「そいつは知らなかったな」 「知らないのが普通かもしれませんよ。あの人、自分のことはあまり語らないけど、人のことはよく見てたわ」 八百屋の店主も、包み紙を折りながら頷いた。 「この前の催しでも、若い衆が手間取ってたところを、さっと仕切ってましたよ。ああいうの、慣れてる顔だったな」 先生はその言葉に、思わず視線を上げた。社長はただ酒を飲んで文句を言うだけの男ではなかったのか。いや、文句を言いながらも、店の外では別の顔を持っていたのだ。 「地域の集まりを、仕切っていたのか」 「ええ。前に出るというより、後ろから流れを整える感じでね」 親方は腕を組んだ。 「そりゃあ、あの席で鍋の順番にうるさいのも納得だ」 「納得するな。妙に筋が通ってしまうだろう」 先生はそう言いながらも、胸の奥が少しだけ軽くなるのを覚えた。何も知らない不安だけではなく、知らなかっただけの輪郭が増えていく。社長は消えたのではなく、どこかで動いていたのだ。 ただ、それは安心に変わりきるものではなかった。 「段取り上手か」 親方がぽつりとつぶやく。 「だったら、今もどこかで人を動かしてるってことだな」 先生は答えず、商店街の先に目をやった。買い物客の波の向こうで、誰かが笑っている。社長のあの、どこか面倒くさそうで、実は全部見ているような目を思い出す。 「少しずつ分かってきたが、まだ足りんな」 「足りねえな」 親方も素直に頷いた。 聞き込みを終えても、社長の名前は出てこない。それでも、人の口にのぼる断片は、確かに彼を形作っていた。地域の集まりを仕切る人。段取りを先回りする人。表では目立たず、裏で流れを整える人。 先生は息を吐いた。 「居酒屋では社長、外では別の顔。ますます分からん」 親方が苦笑する。 「だが、分からんからこそ、あの席は妙に面白かったのかもしれねえな」 二人は並んで、商店街の人波を見送った。空振りに終わったはずの聞き込みなのに、社長像だけが少しずつ立体になっていく。その輪郭はまだ曖昧で、手を伸ばしてもつかめない。だが、昨夜の胸騒ぎは、ただの不安ではなくなりつつあった。

4章 / 全10

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