薄い扉の隙間から、あたたかな明かりと、紙をめくる音が漏れていた。先生は息を殺し、親方も肩をすくめたまま、そっと視線だけを滑り込ませる。 そこには、いつもの居酒屋で湯気の向こうに座っていた男とはまるで別人のような顔があった。社長は前に出て、若いボランティアたちに向かって、机の並べ方や人の動かし方を手振りを交えて説明している。 「まず、受付は入口の見える場所だ。迷った人が立ち止まる前に声をかけるんだ」 「はい」 「飾りつけは最後でいい。先に動線を決める。人がぶつかる催しは、たいてい最初の一手で決まる」 その声は低く、よく通った。居酒屋で煮込みの味に文句をつける調子とは違って、どこまでも真剣だ。 親方が目を丸くする。 「おい、あれ……」 「静かにしろ」 先生は止めながらも、驚きを隠せなかった。社長は年寄りの一人として雑談しているのではない。場の空気を先に読み、若い者の手元を導いている。机の上の紙束も、飾りの箱も、彼の指先ひとつで迷わず動いていく。 「ここでも段取りを仕切ってるのか」 親方が小さく漏らす。 「しかも、あの顔だ」 先生は喉の奥が妙に乾くのを感じた。居酒屋の社長は、笑って茶々を入れることで場を回していた。だが今目の前にいるのは、笑いを削って残った芯みたいな男だった。 若いボランティアの一人が、机の位置に迷ったのか首をかしげる。社長はすぐさまそこへ歩み寄り、指先でわずかに角度を直した。 「そう、もう少しだけ左だ。通る人の肩がぶつからない」 「はい、わかりました」 返事は素直で、しかも楽しげだった。教えられているのに、叱られている感じがない。先生は思わず眉を上げる。 「慕われてるな」 「慕われてるっていうか……あいつ、見てると逆らえねえ顔だ」 親方が苦笑した、その次の瞬間だった。社長がふと顔を上げ、開いた扉の影にいる二人へ、まっすぐ視線を向けた。 先生と親方は、同時に息を止める。社長の目が見開かれ、すぐに細められた。驚きと、照れと、しまったという気配が一度に走る。 若いボランティアたちは何も知らず、次の説明を待っている。社長だけが、居酒屋の席とは違う真剣な顔のまま、二人を見ていた。
居酒屋帰りの三人組
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