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居酒屋帰りの三人組

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8章 / 全10

「今さら改まるのも、照れるな」 先生が先に口を開いた。社長の正体を知ってしまったあとでは、何を言っても少し間が抜ける。親方も腕を組み、わざとらしく咳払いした。 「本名で呼べって言われたら、こっちの負けみてえじゃねえか」 社長は吹き出しそうになって、堪えきれず肩を揺らした。 「だろうな。俺も、いまさら名札を付けろと言われたら逃げる」 三人の間に、妙な沈黙が落ちた。気まずいのではない。むしろ、長年の呼び名が急に薄くならないよう、互いに手探りしているみたいな沈黙だった。 先生はロビーの明るい照明を見上げ、それから社長を見た。 「先生って呼ばれて、別に教師だったわけじゃない。親方だって、現場を離れて久しい。ただ、ここではそれで通った。それだけのことだ」 親方が鼻を鳴らす。 「それで十分だったってわけか」 「十分だった」 社長の返事は短かったが、妙にあたたかかった。 「呼び名だけで集まって、酒を飲んで、くだらない話をして、それで続いてきた。余計なことを知らないから、腹の底まで探らなくて済んだし、知らないからこそ、気を遣いすぎずに済んだ」 先生は小さくうなずいた。 「踏み込みすぎないのが、ここの礼儀だったな」 「そうだな」 親方も珍しく素直だった。 「気楽で、でも放っときっぱなしじゃない。妙な距離だった」 社長は少し目を伏せた。 「気楽さと気遣いの間に、ちょうどいい隙間があったんだろう。だから長持ちした」 その言葉で、先生の胸の奥にあったざらつきが静まっていく。名前を知らなかったから薄かったのではない。知りすぎないようにしていたから、毎晩の会話が軽くなりすぎず、重くもならなかったのだ。 「本名を名乗るだけで、何かが変わるわけでもないしな」 親方が言うと、先生も笑った。 「変わるのは、こっちの照れくささだけだ」 「それがいちばん厄介だ」 社長がそう言って、ようやく三人とも肩の力を抜いた。公民館のロビーには、まだ集会の片づけを待つような空気が漂っている。誰も急かさない。誰も詮索しない。ただ、知ってしまったことを急いで言葉にしなくてもいい空気がある。 先生は社長の顔を見て、苦笑した。 「結局、名前を知らんままでも、ちゃんと仲間だったってことだ」 「そういうことにしておこう」 社長の返事に、親方が大きく頷く。 「じゃあ今夜も、社長でいいな」 「もちろんだ」 その一言で、三人の間の距離は何も変わらないまま、少しだけやわらかくなった。

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