午後の光が歩道の端を薄く照らしていた。喫茶しおりの前では、向かいの派手な看板とはまるで別の温度で、人の足がゆるんでいく。新は店の内側からガラス越しにその様子を見ていた。 さっきたい焼きを買っていった客が、なぜか数歩先で立ち止まる。紙袋を片手に持ったまま、通りすがりの相手と肩を並べるようにして、何気ない世間話を始めたのだ。 「今日は少し風があるね」 「そうですね。でも、歩くにはちょうどいいかも」 そんなありふれた言葉が、店の前にふわりと落ちる。すると別の客も、ふと足を止めた。たい焼きの包みをのぞき込み、相手の顔を見て、少し笑う。 新はカウンターの端に肘をつき、静かに目を細めた。 買って終わりではない。 その一歩先で、会話が始まっている。 遥斗が通りかかり、袋の端を軽く持ち直しながら、新のほうへ目をやった。 「店の中じゃなくて、外で話してるんですね」 「そうみたいだな」 「なんか、不思議です。お菓子って、食べたら終わりだと思ってたんですけど」 新は頷いた。 「終わるんじゃない。始まることもある」 少し離れたところで、陽子が近所の顔見知りらしい相手と立ち話をしている。包み紙を丁寧に抱えて、いつもより声が弾んで見えた。そこへ凛乃も通りかかり、友人と並んで店先を見上げる。 「やっぱり、ここ寄ってよかったね」 「うん。なんか、帰る前にひとこと話したくなる」 新はその言葉を聞いて、胸の奥が静かに熱を持つのを感じた。向かいのチェーン店は、明るい看板で人を吸い込んでいる。けれど、こちらの店先には、吸い込むのでも閉じ込めるのでもない、ゆるやかな輪ができていた。 誰かがたい焼きを手にしたまま足を止める。そこへ別の誰かが目を留める。視線が合えば、あとはもう自然だった。 「この前の、ここのたい焼きおいしかった」 「でしょう。あれ、また食べたくなるんだよね」 そんな会話が一つ増えるたび、歩道の空気が少し柔らかくなる。新はノートを取り出しかけて、やめた。今は書き留めるより、この景色を見ていたかった。 たい焼きは、ただ店の看板ではない。買った人の会話を引き出したり、止まっていた時間を少しだけ動かす合図だ。 新はガラスに映る自分の顔を見ながら、小さく息をついた。 「……なるほど。買って終わりじゃなくて、会話を始める合図か」 言葉にした瞬間、店先のささやかな交流が、昨日までよりもはっきり見えた。チェーン店では見られない光景が、ここでは当たり前みたいに増えている。新はその流れを見送りながら、次に来る客もまた、誰かの言葉を連れてくるのだろうと思った。
喫茶店のたい焼き事情
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