エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

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3章 / 全10

「じゃあ、七瀬さんの番で一回だけ通してみようか」 結城先輩の声に、部室の空気がふっと変わる。さっきまで散らばっていた笑いが、机の上に置かれた数枚の紙へと集まっていった。 「これ、何ですか?」 私が覗き込むと、鈴木先輩が得意げに胸を張った。 「各自の持ち曲候補。今日は選曲会議。大事だよ、バンドは曲でだいたい性格が出る」 「性格、出るんですか」 「出る出る。隠せない」 藤堂先輩が椅子を引きながら、机に顎を乗せる。 「私は勢いのあるやつがいい。叩いてて気持ちいいの」 「それ、あなたの都合だけでは」 小野寺先輩がさらっと刺す。 「静かな曲がいい。間違えても目立ちにくいし」 「暗に下手って言ってません?」 「暗にじゃないよ、明るく言ってる」 そのやりとりに、私は思わず吹き出した。 結城先輩は、机に置いたスマホを指先で回しながら言う。 「じゃあ、流行ってる曲も入れてみようか。今っぽいのも一回は触っておきたいし」 「えー、でも最近のやつって、ノリが速すぎません?」 鈴木先輩が眉を上げる。 「速いのは若さの証拠でしょ」 「演奏しやすいかどうかは別問題です」 私はおそるおそる手を挙げた。 「あの、私は、知ってる曲のほうが助かります。歌えるやつとか……」 「お、堅実」 藤堂先輩が指を鳴らす。 「でもそれだと、懐かしめの曲も欲しくならない?」 「懐かしいって、誰基準ですか」 「そこは大事だよね」 結城先輩が笑う。 「人によって懐かしさの年代が全然違うから」 「私は古い曲、結構好きです」 小野寺先輩がぽつりと言うと、全員の視線が集まった。 「え、どのへん?」 「わりと、静かなギターが長く続くやつ」 「それ、懐かしいのか渋いのか分からない……」 鈴木先輩が頭を抱える。 「でも、演奏しやすそうではある」 「そこ大事」 結城先輩は頷いて、紙の端をとんとん叩いた。 「流行、懐かしい、演奏しやすい。この三つがぶつかるの、毎回だね」 「ぶつかるっていうか、もう戦争じゃないですか」 私が言うと、藤堂先輩がにやりと笑った。 「それでも、最後に残るのはだいたい意外な一曲なんだよね」 「意外な一曲?」 「みんなが最初に推してなかったやつ」 その言い方が妙に気になって、私は紙の上の曲名を見比べた。どれも知っているようで、知らないようで、決め手がない。けれど、誰かの好きを並べると、部室の空気が少しずつ形を持っていくのが分かった。 「七瀬さんは、どれがいい?」 結城先輩に聞かれて、私は迷った末に答えた。 「えっと……歌えるのがいいです。でも、みんなが楽しそうなら、知らない曲でも面白そうです」 「優等生な答え」 鈴木先輩が笑う。 「でも、それがいちばん揉めにくいかも」 「揉めるの前提なんだ」 「だって曲決めは、いつも好みがはっきり出るから」 結城先輩は肩をすくめたあと、机の中央に紙をそろえた。 「じゃあ今日は、候補を絞るだけにしようか。次、試す曲は二つか三つまで」 その瞬間、部室のあちこちから小さなため息が漏れる。 「えー、まだ決まらないの?」 「決まらないんじゃなくて、決め急がないの」 「それを世間では優柔不断と言います」 「今は言わないで」 私はまた笑ってしまった。さっきまでの練習のぎこちなさが、曲名の山に混ざっていく。うまく弾けるかどうかだけじゃなく、何を弾きたいかでこんなに話が割れるなんて思わなかった。 でも、そのぶつかり方は不思議と嫌じゃない。 結城先輩が最後に一枚だけ残した紙を指で押さえ、少しだけ含みのある声で言った。 「さて、次はどれを試す?」

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