エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

小説ID: cmnhinxji000001mzao30hnxr

5章 / 全10

休み時間の教室は、窓際だけが少し明るく、机の島のあいだを紙飛行機みたいな笑い声がすり抜けていた。美咲は弁当箱を閉じかけたところで、向かいの席の元気な先輩に声をかけられる。 「ねえ、みんなって放課後だけじゃなくて、家でも何かやってるの?」 何気ない問いだったのに、部室でしか見ていなかった顔がふいに近くなる気がした。 最初に口を開いたのは、眼鏡の先輩だった。意外にも、家では祖母の手伝いで味噌汁を作ることが多いらしい。しかも具材を入れる順番まで決まっていて、玉ねぎは最後、豆腐は崩れやすいから火を止めてから。説明する声がやけに真剣で、美咲は音の話より熱心ではないかと少し驚いた。 「だから機材も片づける順番が大事なの。コードから外す、巻く、箱に戻す。料理と同じ」 「それであんなに早いんだ」 「そういうこと」 穏やかな先輩は、休日になると家で刺繍をしているという。大きな音を出す人に見えて、実は細い糸を少しずつ重ねるのが好きらしい。ポーチやハンカチの端に、小さな星や花を縫い付けると、気分が整うのだとか。 「ライブの衣装にワンポイント入れるのも好きなんだよね」 「え、あれ自分で?」 「気づかなかった?」 その笑顔があまりに自然で、美咲は自分がずっと見落としていたものを見つけた気がした。 ドラムの先輩は、無言のまま菓子パンの袋を開けたあと、少しだけ視線をそらして言った。家では弟たちの寝かしつけ係らしい。読み聞かせが上手で、途中で声色を変えると弟がすぐに笑ってしまうという。意外すぎて、美咲は思わず吹き出した。 「寝る前に絵本読む人には見えない」 「うるさい」 そう返した声はいつも通りぶっきらぼうなのに、耳の先が少し赤い。 元気な先輩は、放課後に商店街の端にある古着屋をのぞくのが好きだと言った。家に帰る前、気に入った色のシャツや帽子を見つけると、気分が一気に変わるらしい。派手に見えても、実は一枚を長く着るタイプで、袖をまくる癖まで自分で整えているという。 「この前、部活帰りに見つけたジャケット、みんなに似合うって言われたの嬉しかったな」 「そういうの、ちゃんと覚えてるんだ」 「そりゃ覚えるよ。褒められたのは貴重だし」 美咲は聞きながら、胸のあたりが少しずつ温かくなるのを感じていた。部室では、楽器の持ち方や音の合わせ方ばかり見ていたのに、その外側にはそれぞれの生活があって、静かな好きや、家族の役割や、誰にも見せていない手つきがある。その全部が、今ここで鳴っている音につながっているのだ。 「美咲は?」 急に振られて、箸を持つ手が止まる。答えるまでの一瞬がやけに長い。 「私は、寝る前にラジオ聴くのが好き。あと、猫の動画を見ると落ち着く」 「かわいい」 「わかる」 「美咲っぽい」 笑いが起きて、教室の空気が少しほどけた。互いの知らなかった一面は、驚きというより、ちゃんとそこにいたのだと確かめるような感覚を残す。部活で並んでいるだけでは届かなかった距離が、弁当の蓋を閉じる音や、紙パックを握る指先の話で、いつのまにか近づいていた。 美咲は自分の席に戻る前に、ちらりとみんなを見た。楽器を持つときの真剣な横顔も、家での少し抜けた姿も、どちらも本物だ。その両方を知ってしまった今、次に部室で会うのが、昨日よりずっと楽しみだった。

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