エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

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5章 / 全10

「七瀬さん、候補を選んでみて」 結城先輩に差し出された紙を受け取って、私はもう一度机の上を見渡した。さっきまで選曲の話でいっぱいだったのに、今はなぜか、空気が少しだけ柔らかい。 「えっと……これですかね」 私が指した曲名に、鈴木先輩が目を丸くする。 「へえ、そこ選ぶんだ」 「意外と堅実」 「静かで、歌えそうだったので」 そう答えると、小野寺先輩が小さく頷いた。 「悪くない。音が多すぎないほうが、初めてでも入りやすい」 「小野寺先輩、それ褒めてます?」 「褒めてるよ。たぶん」 その曖昧さに、思わず笑ってしまう。 結城先輩は紙の束を揃えながら、ふと雑談みたいな調子で言った。 「そういえば、みんなって部活以外で何してるの。意外と知らないよね」 「急ですね」 「休み時間だし、こういうのも大事」 藤堂先輩が椅子を回して、にやっと笑う。 「じゃあ私から。家では、ずっとクッション叩いてる」 「何の趣味ですか、それ」 「ドラムの練習のつもり。母にうるさいって言われるから、せめて布なら許されるかなって」 「許されるの、そこなんだ」 鈴木先輩は肩を揺らして笑った。 「私はゲーム実況を見るのが好き。意外って言われるけど、あれ意外と参考になるんだよね。反応とかテンポとか」 「参考にする場所、独特ですね」 「だってベースも間とか大事だし」 そう言われると、なんだか納得してしまう。 小野寺先輩は少しだけ視線を落としてから、ぽつりと言った。 「私は、夜に家で紅茶を淹れる。静かだから。音楽を流すと、ちょっと落ち着く」 「え、なんかおしゃれ」 私がつぶやくと、小野寺先輩はほんの少しだけ顔をそらした。 「……ただの習慣」 「でも似合うね」 結城先輩が笑う。 「私はね、休みの日に焼き菓子を作ることがあるよ。部室に持ってきたら、だいたい即なくなるけど」 「あれ、先輩のなんですか!」 「うん。意外でしょ」 「かなり」 藤堂先輩が身を乗り出した。 「七瀬さんは? 部活以外だと何してるの」 急に振られて、私は少し考える。 「えっと……家で飼ってる猫の写真を撮ってます。変な顔の瞬間を集めるのが好きで」 「最高じゃん」 鈴木先輩が即答した。 「それ、かなり才能あるよ」 「才能なんですか」 「あるある。観察眼」 その言葉に、胸の奥がふわっと軽くなる。こんなふうに、部活では見えなかった顔が次々出てくるなんて思わなかった。 クッションを叩く音も、紅茶の湯気も、焼き菓子の甘い匂いも、どれもこの部室からは遠そうで近い。みんな、思っていたよりずっと普通で、ずっと親しみやすい。 結城先輩が最後に、紙を私たちの真ん中へと置いた。 「じゃあ、この曲でいこうか。七瀬さんの候補、けっこういい線いってたし」 「ほんとですか」 「ほんと。意外と気が合うかもね」 その一言が、なぜかやけにうれしかった。私は紙の上の曲名を見つめたまま、小さくうなずく。 「……なんか、前より話しやすいです」 「今さら?」 「今さらでもいいじゃん」 藤堂先輩の笑いに、私もつられて笑う。 部室の空気は相変わらずゆるいのに、さっきまでとは少し違う。知らなかっただけで、こんなふうに近づける距離がちゃんとあったのだ。 窓の外では、昼休みのざわめきがまだ続いている。けれど、この机の上だけは、もう少しだけ内緒話に向いている気がした。

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