エラベノベル堂

軽音部、はじめての放課後

全年齢

小説ID: cmnhinxji000001mzao30hnxr

6章 / 全10

学園祭の一週間前、部室はまるで荷造りの途中で止まった部屋みたいに散らかっていた。机の上には衣装の布、色紙、ガムテープ、見覚えのない小さな箱が重なり、壁際には看板の下書きが立てかけられている。美咲が扉を開けた瞬間、元気な先輩が顔を上げて叫んだ。 「足りない」 「何がですか」 「飾りと、リボンと、あとたぶん気合い」 眼鏡の先輩が帳面を突きつける。小道具の数を確かめていたら、舞台の端に置くはずの布が一枚足りないらしい。衣装に使う飾り紐も、試作品を切りすぎて半端になった。穏やかな先輩は黙って箱の中身を並べ直し、足りないものを指で数える。数えるたびに、机の上の不安が少しずつ現実になっていく。 「買いに行くしかないね」 「でも、予算ぎりぎり」 「なら作るしかない」 そこからは、部室を起点にした小さな奔走だった。元気な先輩と美咲は校内の売店へ走り、似た色の布と細いリボンを探す。売店の棚には思ったほど選択肢がなく、ようやく見つけたのは、舞台には少し派手すぎる光沢の布だった。元気な先輩はそれを掲げてにやりと笑う。 「むしろ目立つ。遠くからでも見えるじゃん」 「でも、予定と違う」 「違うから使えることもあるよ」 一方、部室では穏やかな先輩が、余った古いシャツを切って飾りに変えていた。細い糸を通し、端を折り返し、見えないところを丁寧に整える手つきは、まるで曲の隙間を埋めるみたいに静かだった。ドラムの先輩は無言でガムテープの芯を持ち出し、簡易の土台を作る。どこから拾ってきたのか分からない段ボールまで机の下に並べてある。 「それ、何に使うの」 「立つ」 「立つって何が」 「とりあえず立つやつ」 美咲は少し考えて、足りない布を切り分ける役を買って出た。まっすぐ切るのは苦手だったが、端を揃えて折り、はみ出した部分を隠すように重ねると、意外に形になる。思いつきで結んだ紐も、遠目にはちゃんと飾りに見えた。 「案外いける」 眼鏡の先輩が珍しく感心した声を出す。 「これ、足りないんじゃなくて、変えたほうがいいのかも」 その一言で、場の空気が少し変わった。足りないから補うのではなく、あるもので組み替える。舞台の色に合わせて布を裏返し、リボンの代わりに切り込みを入れ、看板の文字も太さを変えて見やすくする。決めた通りに進まないはずだった準備が、逆に部員それぞれの癖を映して面白くなっていく。 夕方、完成した試作品を部室の前に並べると、廊下を通った後輩たちが足を止めた。派手だけど嫌じゃない。まとまりがないのに、なぜか目が離せない。そんな反応を見て、元気な先輩が胸を張る。 「ほらね、正解」 「半分は偶然です」 「偶然を使いこなせたら勝ちだよ」 美咲は笑いながら、机の上に残った端切れをそっと畳んだ。最初は不足に見えたものが、工夫の余地に変わる。みんなで右往左往した時間まで含めて、今日の準備はひとつの形になった気がした。けれど、部室の隅に積まれた箱を見た瞬間、誰も気づいていなかった最後の一枚が、まだ別の教室に置き忘れられていることを、穏やかな先輩が静かに告げた。 「あと一つあるよ。学年主任の机の上」

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