本番まであと少しというのに、練習の音はどうにも噛み合わなかった。美咲が数える四拍目より早く、ベースが前に出る。ドラムが追いかけるころには、ギターの入り口がもうずれている。何度合わせても、同じ場所で輪がほどけた。 「もう一回」 穏やかな先輩が言うたびに、誰もがうなずく。けれど演奏を始めればまた崩れる。元気な先輩の足が床を軽く叩き、眼鏡の先輩は眉間に力を入れ、ドラムの先輩はスティックを持つ手を止めたまま小さく息を吐いた。部室の空気がだんだん熱を持ち、失敗の回数だけ焦りが濃くなる。 「私、ずれてるの分かってるのに直せない」 美咲がこぼすと、誰も笑わなかった。その沈黙が、かえってつらい。 そのとき、穏やかな先輩が手を上げた。 「いったん曲をやめよう。まず拍だけにしよう」 机の上に置かれていたメトロノームが、乾いた音を刻みはじめる。先輩はギターを膝に置いたまま、足で一定の拍を示した。 「一、二、三、四。声に出して。息を揃えるところから」 言われるまま、美咲たちは拍を口にした。最初はぎこちない。それでも何度か続けるうちに、音の前にある呼吸の間が見えてくる。ドラムの先輩が叩く前に肩を少し落とし、ベースの先輩が弦に触れる前に顎を引く。眼鏡の先輩は譜面を見ずに、皆の動きを目で追った。 「入る瞬間を探さないで、待つんだよ」 穏やかな先輩の声は静かだったが、部室の隅まで届いた。 再開は、驚くほどささやかだった。派手な始まりではなく、歩幅をそろえて階段を上がるみたいに、ひとつずつ拍を置いていく。美咲は弦を強く押さえすぎないように意識し、隣の音が来る少し前に息を吸う。すると、前までぶつかっていた音が、今度は互いの肩をかすめるように流れた。 一度通し終えたあと、誰もすぐにはしゃがなかった。代わりに、部室の空気が静かにほどける。失敗を直したのではなく、最初から一緒に歩く速さを見つけたのだと、全員がなんとなく理解していた。 元気な先輩が、ようやく笑った。 「これ、いけるかも」 ドラムの先輩も短くうなずく。 眼鏡の先輩は譜面の端に、小さく丸をつけた。 美咲は息をつきながら、さっきまでの焦りが少しだけ別の形に変わっているのを感じた。合わせるべきなのは音の速さだけじゃない。待つ間の静けさも、始める前の呼吸も、みんなで持ち寄るものなのだ。 窓の外では夕暮れの色が深くなり、部室の時計が次の時間を示していた。もう何度やり直しても構わない、そう思えた瞬間、練習の続きは最初よりずっと遠くまで届く気がした。
軽音部、はじめての放課後
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