「じゃあ次は、衣装のほうももう一回見直そうか」 結城先輩の声が落ちると、部室にいた全員の視線が自然と集まった。さっきまで小道具の山に向いていた空気が、今度はさらに細いところへ向かっていく。私は思わず、手元の厚紙を握り直した。 「見直すって、何をですか」 「動きながらの見え方。袖の長さとか、裾の引っかかりとか。演奏中に気になると困るから」 鈴木先輩が説明しながら、試しに布の端を持ち上げる。 「たしかに、これだとちょっと長いかも」 「長いというか、歩くたびに気が散る長さ」 小野寺先輩の静かな指摘に、藤堂先輩が肩をすくめた。 「つまり、地味に厄介ってことね」 「そう。地味に、がいちばん厄介」 結城先輩はそう言って、今度は衣装の束を一つずつ広げた。揃っているようで微妙に違う色、少しだけ位置のずれた飾り、片方だけ重みのある留め具。完璧とは言えないが、今さら全部を作り直すほどの余裕もない。 私はおそるおそる、それぞれを見比べる。 「でも、昨日よりは揃ってますよね」 「揃ってる。かなりマシ」 結城先輩が即答した。 「だからこそ、最後に気になる部分を潰す」 その言い方が妙に頼もしくて、私は胸の奥の焦りが少しだけ静まるのを感じた。さっきまでの慌ただしさで、頭の中はぐちゃぐちゃだった。でも、ここで止まって見直せば、まだ整えられるものがある。 藤堂先輩が袖をめくって、鏡の代わりみたいに前に立つ。 「私、これ着ると動きやすいか試してみる」 「勝手に着るなって言いたいけど、今はそのほうが早いね」 鈴木先輩が笑いながら、留め具の位置を指さす。 「ここ、少しずらしたほうが安定しそう」 「じゃあ直す」 結城先輩がすぐに頷いた。 私はメモを手に、気づいたことをそのまま書き留めていく。裾、留め具、見える位置、動いたときの印象。紙の上で整理していくと、頭の中のざわつきもいくらか形を持ちはじめた。 「七瀬さん、手伝って」 「はい」 差し出された布端を押さえると、結城先輩が器用に安全ピンを付け替える。ほんの少しの修正なのに、見た目の印象がぐっと変わる。 「おお、違う」 藤堂先輩が身を乗り出した。 「これなら演奏してても気にならなそう」 「気にならない、まで持っていければ十分」 小野寺先輩が小さくうなずく。 私はその様子を見ながら、さっきよりずっと息がしやすくなっているのに気づいた。足りないものを埋めるのではなく、今あるものを見直して整える。たったそれだけで、部室の空気は少しずつ落ち着きを取り戻していく。 結城先輩は最後に、手のひらで衣装のしわを伸ばしてから、みんなを見回した。 「よし。これでだいぶいける」 その一言に、私たちは同時に肩の力を抜いた。完璧じゃない。でも、ここまで来ればもう逃げないで済む気がする。 私はメモの端を見つめたまま、ふと小さくつぶやく。 「なんか、最初に思ってたより、ずっと細かいんですね。文化祭って」 「そうだよ」 結城先輩が笑った。 「細かいことをひとつずつ潰していくと、ちゃんと前に進める」 その言葉にうなずいた瞬間、部室のドアの向こうから、廊下を走る足音がかすかに近づいてきた。
軽音部、はじめての放課後
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