エラベノベル堂

夜更けの噂と共学の学園

全年齢

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2章 / 全10

放課後のチャイムが鳴っても、男子の一人だけは椅子から立ち上がらなかった。細身で眼鏡をかけた山岸悠真は、荷物を抱えたまま、教室の奥にある廊下の出口を見ないふりをしていた。澪が声をかけると、彼は一瞬だけ肩を跳ねさせ、それから小さく首を横に振った。 「そこ、通れないんだ」 「どうして」 答えはすぐには返ってこなかった。悠真は唇を結び、机の端を指でなぞっている。教室の空気が薄くなるほどの沈黙のあと、ようやく彼は言った。放課後になると、あの廊下はだめなのだと。誰かに見られている気がするのではなく、見返してしまいそうで怖いのだという。澪には、その言い方が妙に引っかかった。 翌日、澪は図書室の奥にある古い棚へ向かった。学園が女子高だった時代の記録は、表向きの校史とは別にまとめられていることがある。埃をかぶった校内地図を広げると、今では使われていない渡り廊下の印が、古い鉛筆線で何度も囲まれていた。そこには現在の校舎とは位置のずれた、小さな中庭が描かれている。 さらに伝承を集めた薄い冊子をめくると、似た話があった。夕暮れに長い廊下へ入ると、心が戻れなくなる。姿を映す窓や磨かれた床を見続けると、自分の輪郭が曖昧になり、帰り道がわからなくなる。誰が書いたとも知れないその文言は、迷信にしてはやけに具体的だった。 澪は地図と冊子を重ね、悠真の言葉を思い返した。彼は廊下そのものを恐れているというより、そこで何かを思い出してしまうことを避けているようだった。見たくないものを目にした時、人は時に場所を怖がる。だがこの学校では、その感情さえ古くから用意されていたように見える。 校舎の窓に夕日が差し込み、床に細い光の道をつくった。澪はその先に、封じられた記録の匂いを感じた。男子たちの怯えは、ただの入学初日の緊張ではない。白鳳学園には、まだ名前のついていない理由が隠れている。

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