エラベノベル堂

夜更けの噂と共学の学園

全年齢

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3章 / 全10

図書室の奥は、午後の光が届かないぶんだけ静かだった。澪は古い学園誌の束を机に並べ、紙の端に積もった埃をそっと払った。表紙には十年以上前の年号が薄く残り、開いたページの片隅には、今の校舎にはない塔のような施設が写っている。見覚えのない景色だったが、どこかで見た古い地図とつながる気がした。 「それ、まだ残ってたんだ」 背後から声がして振り向くと、図書委員の女子生徒たちが数人、興味深そうにこちらを見ていた。澪が事情を話すと、彼女たちは顔を見合わせ、ひとりが小さくうなずいた。 「うちの家でも、似た話を聞いたことがある。昔、この辺りには村があって、夕方になると井戸のそばを通るなって」 別の子がページをのぞき込み、指先で写真の端を示した。 「この塔みたいなの、昔の奉納堂だったって祖母が言ってた。人に見られることで、気持ちが定まる場所だったとか」 見られることで、気持ちが定まる。その言葉に澪は目を上げた。誰かの視線は怖いものにもなるが、同時に、自分がここにいると確かめる手がかりにもなる。学園誌の記述は、そんな相反する感覚を抱えたまま続いていた。村では、夜に独りで外へ出た者が自分の影を追いかけてしまわないよう、互いの顔を確かめ合う風習があったという。見られることは束縛ではなく、迷わぬための約束だったらしい。 澪はページをめくり、学校の設立経緯を示す一文で手を止めた。村の移転と同時に、奉納堂の跡地に学び舎が建てられたこと。古い風習を断ち切るためではなく、形を変えて残すためだったこと。そして開校当初は、地域の子どもたちが男女分け隔てなく通っていたこと。 「じゃあ、ずっと女子高だったのは」 言いかけた澪の声が途切れる。図書室の窓の外で、廊下を通る男子生徒たちが足を止め、こちらを見たからだ。いや、正確には、澪たち全員の顔を確かめるように見ていた。恐る恐るではあるが、目をそらさずにいる。 その様子に、女子生徒のひとりが不思議そうに息をのんだ。 「避けてるんじゃない。確かめてるのかも」 澪は古い学園誌を閉じた。紙の間から、乾いた花びらが一枚落ちる。記録の中の村も学校も、誰かを閉じ込めるためではなく、視線を交わして生き延びるためにあったのかもしれない。だがそれなら、なぜ今の白鳳学園には、見ることそのものを恐れる空気が残っているのだろう。 窓の向こうで、夕方の鐘が鳴った。澪は学園誌を抱え直し、男子生徒たちのほうへ静かに歩き出した。伝承の輪郭は、まだ完全には見えない。けれど少なくとも、彼らの怯えが空から落ちてきたものではないことだけは、はっきりしてきた。

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