エラベノベル堂

夜更けの噂と共学の学園

全年齢

小説ID: cmnhiws7e000q01mzem7h62rr

4章 / 全10

放課後の昇降口は、靴箱の奥まで夕方の匂いが染みていた。澪は山岸悠真と、もう一人の男子生徒、藤崎蓮を連れて校舎を出た。二人とも最初は渋ったが、地元の話なら知っているかもしれないと告げると、ようやく小さくうなずいた。 学校の裏手を抜け、古い水路沿いの道へ出る。蓮が足を止めたのは、校舎の西側にある低い斜面を見たときだった。そこは今では植え込みで隠れているが、昔は崖のように落ち込んだ地形だったと、祖父から聞いたことがあるという。 「あそこ、昔は近づくなって言われてた。夜に歩くと、上から覗くものがいるって」 蓮は言いながら、唇をきつく結んだ。悠真も続ける。 「うちの町じゃ、鏡や水たまりに顔を映しちゃだめだって言われてた。自分の輪郭がほどけるからって。でも本当は、崖の縁で遊ぶなって話の言い換えだったらしい」 澪は立ち止まった。地形。高低差。見上げることと、映すこと。点だった話が、線になってつながっていく。子どもの頃に聞いた怪談は、ただ怖がらせるためのものではなく、危ない場所へ近づかせないための知恵だったのだろう。けれど知恵は、伝わるうちに姿を変える。 蓮は続けて、昔の白鳳の周辺には、雨が降ると足元が沈みやすい窪地があり、そこに建てられた奉納堂が、外から来た者にはひどく入り組んだ場所に見えたと話した。夜に近づくと道を見失いやすく、誰かの姿を追うほど戻れなくなる。だから地元では、女子の顔を見るな、ではなく、暗い場所で他人の顔ばかり探すなと教えられてきたらしい。 「でも、学校が女子高だった頃に、その話だけが変に残ったんだ」 悠真がぽつりと言った。男子が少なくなり、外から来る者も減るうち、怪談はいつの間にか女子そのものへの恐れにすり替わった。見たくない気持ちに名前を与えるたび、相手ではなく自分の不安を遠ざけていたのかもしれない。 澪は西の斜面を見上げた。植え込みの向こうに、かすかな段差が続いている。古い地図にあった中庭の位置と重なる。地形が語っていたのは、誰かを閉じ込める話ではなく、暗がりで互いを見失わないための工夫だった。 そのとき、校舎の窓に西日が差し、三人の影が長く伸びた。隣り合った影は、ひとつに見えるほど近い。澪はふっと息を吐いた。恐れていたものは、女子ではない。見え方を変えられてしまった古い記憶だったのだ。 だが、振り返った蓮の顔には、まだ薄い不安が残っていた。彼は校舎の屋根の端を見つめ、低く言った。 「それでも、あそこだけは変だ。昔から、夕方になると誰かが立ってるって」 澪が目を向けた先で、三階の渡り廊下に、ひとり分だけ黒い影が動いた。

4章 / 全10

TOPへ