文化祭の前夜、校舎は昼間よりもずっと広く感じられた。展示の看板や発泡ボードが廊下に立ち並び、足元には養生テープの白い線が蜘蛛の巣みたいに走っている。澪が旧礼拝堂跡から戻ると、準備中の空気は張りつめ、誰もが少しずつ声を潜めていた。 だが、その静けさはすぐに崩れた。東棟の展示室で頼まれていた椅子の数が足りず、倉庫から運び込んだはずの机がなぜか別の教室に移っている。さっきまで壁際に置かれていた段ボールは通路をふさいでおり、係の生徒が首をひねるたび、誰かが見ていない隙に動かしたとしか思えない配置へと変わっていく。しかも、そのたびに男子生徒たちが顔色を失った。 「やっぱり、何かいる」 誰かがそう呟くと、連鎖するようにざわめきが広がった。悠真は搬入用の台車を押したまま立ち尽くし、蓮は壁に貼った地図を何度も確かめている。澪は廊下の角を見た。整然としていたはずの展示物が、まるで見えない手で少しずつずらされているようだった。けれど、その不自然さは恐怖を煽るための演出にも見えた。 誰かが噂を利用している。澪の胸に、冷たい確信が落ちた。怯える男子たちの反応を見越したように、備品だけが不安を映す舞台装置になっている。人の心は、根拠のない違和感ひとつで簡単に揺れる。その揺れが、さらに次の揺れを呼ぶ。 澪は備品室に走り、棚の端に小さな傷を見つけた。台車の車輪が擦った跡ではない。細い針金か、何かを引っ掛けたような筋だ。誰かが移動の順番を知っていて、わざと流れを崩している。そう気づいた瞬間、背後で小さな叫び声が上がった。 振り返ると、展示室の窓に人影が映っていた。だが、そこに立っていたのは一人ではない。廊下を行き交う生徒たちの姿が、窓ガラスに重なって揺れ、どれが現実でどれが反射なのかわからなくなる。見分けようとするほど、胸の奥がざらついた。 「落ち着いて。まずは全部、元に戻そう」 澪の声は大きくはなかったが、不思議と周囲に届いた。展示物を一つずつ確認し、動かした者を責めるのではなく、動いた経路を追う。そうして並べ直していくうちに、机の足元から細く折られた紙片が見つかった。文化祭の配置図に、わずかな書き込みがある。視線を集める場所だけ、意図的に抜け道が作られていた。 男子たちの怯えは、誰かの仕掛けで増幅されていたのだ。そう思ったとき、澪は学園全体が不安に飲み込まれていると感じた。怖がる者が増えれば増えるほど、怖さは本物の顔をして校舎に染みていく。 その夜、準備室の奥で、澪は最後の紙片を拾い上げた。そこには、丸い文字で短く書かれていた。心配しないで、明日のためだ。だが、筆跡の端に見覚えがあった。あまりにも近く、あまりにも意外な場所から来た文字だった。
夜更けの噂と共学の学園
全年齢小説ID: cmnhiws7e000q01mzem7h62rr
