文化祭前夜の準備室は、段ボールの匂いと、冷えた空気の湿り気で満ちていた。澪は拾い上げた紙片を、机の上の懐中電灯の光にかざした。心配しないで、明日のためだ。丸い文字は見慣れているのに、今はまるで別人の手に見えた。 背後で扉がきしむ。振り向くと、そこにいたのは生徒会副会長の真柴怜だった。いつも整った笑みを浮かべ、行事の段取りに抜け目のない先輩だ。怜は澪の手元を見て、少しだけ目を細めた。 「それ、見つけたの」 「配置図の紙です。どういうことですか」 怜は一拍置いてから、苦く息を吐いた。あの異変は偶然ではない。展示の備品を動かし、廊下の導線を乱し、男子たちが落ち着きを失うように仕向けたのは、自分だと認めた。けれど、それは悪意ではないと言う。白鳳の古い空気を壊すには、怖れを一度、目に見える形にしなければならなかったのだと。 澪は言葉を失った。古い伝承を再現したような騒ぎは、ただの嫌がらせではなく、閉じた学園に揺さぶりをかけるための芝居だった。男子が怯えるほど女子たちも身構え、互いの距離はまた広がる。怜はその空白を埋めるために、わざと噂を膨らませていた。 「だって、このままだと誰も本当のことを見ない」 その声は静かだったが、どこか震えていた。白鳳に残る古い秘密も、地域の言い伝えも、全部が曖昧なまま放置されてきた。だからこそ、混乱を起こせば誰かが動くと思ったのだと。 その瞬間、廊下の向こうで警報が短く鳴った。誰かが倉庫の扉を開けたままにしていたらしい。さらに窓の外では、文化祭の装飾用ライトが風に煽られ、規則正しく点滅していた。怜の作った不安は、もはや怜ひとりの手には収まらない。 澪は紙片を握りしめた。噂は怪談ではなく、使い方を誤れば人を追い詰める道具になる。けれど、そのことを知った今なら止められる。澪は怜を見据え、低く言った。 「明日、全部並べ直します。怖がらせるためじゃなく、確かめるために」 怜は目を伏せた。返事の代わりに、静かに頷く。そのとき、机の端に置かれた配布用の名簿が風もないのにめくれた。最初の一枚の裏に、古い校印とともに、見覚えのある記録の番号がのぞいている。 澪は息を飲んだ。真相はまだ終わっていない。だが、誰かが隠そうとした記憶が、今度こそ学園の中心へ戻ろうとしていた。
夜更けの噂と共学の学園
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