エラベノベル堂

夜更けの噂と共学の学園

全年齢

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9章 / 全10

旧礼拝堂跡のさらに奥、普段は立ち入りを禁じられていた保管庫の扉が、古い金具の音を立てて開いた。澪たちは埃の匂いに咳き込みながら、懐中電灯を壁際へ走らせた。積み上げられた木箱の背には、消えかけた印字で年度が並んでいる。誰も触れないまま残されたその列の端に、怜が小さく声を漏らした。 「これ、見たことがある。古い校務の封印箱だ」 箱を開けると、中から出てきたのは学園誌でも記録簿でもない。封の切られた回覧板、黒く塗りつぶされた報告書、そして一枚だけ白く浮いた写真だった。写真には、今では使われない中庭の中央に、女子生徒と男子生徒が向かい合って立つ姿がある。だが、その輪郭の一部がわざと消されていた。 悠真は息をのんだ。 「これ、伝承の最初の年じゃないか」 澪は机に資料を並べ、日付を追った。最初は単純な事故報告だった。旧村の移転後、夜間の見回り中に道を見失った生徒がいたこと。次に、奉納堂跡の周辺で、鏡や窓を避けるよう指導した記録。ところが数年後、文面は少しずつ変わっていく。誰かが見られることを恐れたのではない。見られることを恐れるよう、言葉を選び直していた。 さらに奥から見つかったのは、当時の理事会議事録だった。そこには、学園の評判を守るため、地域に残る不安を校内の規律として再編する案が記されている。崖に近い道や湿地を避けさせるための知恵は、いつしか女子に近づくな、夜は窓を見るな、と姿を変えた。危険を教えるはずの記録が、恐れを増やす道具になっていた。 蓮が黒く塗られた欄を指でなぞる。 「じゃあ、あの噂は自然に広がったんじゃない」 怜は唇を噛んだ。学校が公にしなかった理由は、伝承の不穏さだけではない。共学化の話が進んだ時、この記録が表に出れば、女子高としての長い歴史に傷がつくと考えられたのだ。だから過去は整えられ、都合の悪いページだけが外された。結果として残ったのは、理由のない怖さだけだった。 澪は資料の束を見下ろした。誰かの手で作られた恐怖は、怪物のように見えて、実際には紙と沈黙と保身でできている。だからこそ、ほどくこともできる。彼女は箱の底に残っていた最後の封筒を取り上げた。中には、学園創立時の覚書が入っていた。そこには、夜に迷った者同士が顔を確かめ合い、互いを連れて帰るための学び舎にする、と書かれている。 「最初から、そうだったんだ」 小さな声が保管庫に落ちる。男子も女子も、同じ紙を見つめた。恐れていた言い伝えは、人を離すための呪いではなく、迷わないよう寄り添うための約束だった。けれど、その約束は長い年月の中でねじれ、誰かの都合で怖れに置き換えられていた。 澪は封筒を胸に抱えた。文化祭の朝が来れば、この記録は全校に示される。古い空気は簡単には消えないだろう。それでも、少なくとも白鳳学園は、嘘の影で自分を守っていたわけではないと、今なら言える。 その時、保管庫の奥で薄い風が鳴った。誰もいないはずの棚の上に、埃の筋だけが一本、真っ直ぐ伸びていた。まるで、長く隠されていた道筋を示すように。

9章 / 全10

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