本選当日、会場の空気は予選とは別物だった。磨き上げられた鍋、揃いすぎた包丁の音、年季の入った白衣の袖口。あおいは自分の台に立つだけで、足元の床が少し傾いたように感じた。向かいでは相良が無駄のない手つきで下準備を進めている。周囲の大人たちも、迷いのない動きで次々と食材を処理していく。その洗練に、胸がひやりと縮んだ。けれど、あおいは両手で深く息を吸い、祖母の台所の匂いを思い出した。速さではなく、相手の口に入る瞬間までを考える。そう決めていた。 最初の一皿は、意外でなければならない。あおいは町で集めた干し柿を細かく刻み、麦味噌と少量の蜂蜜でのばした。そこへ、やわらかく火を通した青菜と、香りの立つ根菜を合わせる。甘みと塩気がぶつかるはずのところを、温めただしがやさしくつないだ。皿に盛るとき、あえて中央を少し空ける。そこへ澄んだ汁を一筋落とした瞬間、見た目に静かな動きが生まれた。会場のざわめきが、ほんの少しだけ止まる。 審査員のひとりが眉を上げ、箸を伸ばした。ひと口で終わる味ではない。甘さが先に来て、次に味噌の深みが広がり、最後に野菜の青い香りが残る。もう一口、確かめるように食べた審査員の表情が変わった。隣の者も椀を手に取り、黙ってうなずく。意外性は奇抜さではなく、記憶を裏返すことなのだと、その場の空気が教えてくれた。 あおいは次の鍋へ手を伸ばしながら、視線が集まっていくのを感じた。最初の一皿で流れが変わった。勝負はまだ始まったばかりなのに、会場はもう彼女の料理を待っている。大人たちの速さに飲まれそうだった気後れは、いつしか背中を押す勢いに変わっていた。
あおい、料理大会へ
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