審査開始の合図が近づくにつれ、あおいの耳には会場のざわめきが遠く響いていた。目の前には、最後の一皿のために整えた材料が並んでいる。なのに、向かい側で準備を進める相良が、ふとこちらを見て言った。 勝ちたいなら、もっと強く出たほうがいい。やさしさだけじゃ、印象に残らない その言葉は鋭かった。あおいは手元を止め、胸の奥がきゅっと縮むのを感じる。確かに、大人たちの料理は力強い。香りも形も、ひと目で記憶に残る。自分の皿は、誰かの夕飯みたいに静かで、目立たない。それで本当に勝てるのだろうか。迷いが生まれた瞬間、祖母の台所の景色が胸に浮かんだ。疲れて帰った父に、祖母は何も言わず味噌汁を差し出した。派手ではないのに、その椀だけで一日が少しほどける。あおいははっと息をのむ。自分が目指してきたのは、ただ勝つことじゃない。誰かの日常を、ほんの少し明るくすることだった。 その気づきで、視界が澄んだ。あおいは干し柿を細かく刻み、麦味噌と合わせてやわらかな餡にする。そこへ、軽く焼いた根菜と青菜を重ね、温めただしを少しずつ含ませた。味の輪郭はやさしいまま、後味だけがふっと深くなる。皿の中央には、朝露みたいに澄んだ汁を一滴落とした。見た目は控えめなのに、湯気が立つだけで、どこか帰りたくなるような気配が広がる。あおいはその一皿に、勝ちたい気持ちと、誰かの心をあたためたい願いの両方を込めた。 審査員が口に運ぶ。ひと口、二口。誰もすぐには言葉を発さない。けれど、次第に表情がやわらいでいくのが見えた。相良は腕を組んだまま、その変化を見つめている。やがて、審査席の奥で小さく手を上げた人物がいた。あおいの料理を食べた子どもが、母親の袖を引いて笑っている。おいしい、ではなく、また食べたい。そんな顔だった。 その時、あおいは気づく。最後の一皿は、審査員のためだけの料理ではなかった。会場を出たあとも、どこかで思い出してもらえる味にしたかったのだ。相良の力強さとは違う形で、自分の料理は人の一日に残る。勝ちたい。けれど、それ以上に、帰り道の背中を少し軽くしたい。 あおいは静かに息をつき、次の鍋へ手を伸ばした。もう揺れない。自分が信じる料理の形は、ここにある。
あおい、料理大会へ
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