エラベノベル堂

古い映画館の声

全年齢

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5章 / 全10

私は次の日、開館より少し早く映画館に着いた。ロビーはまだ薄暗く、掃除の水の匂いに、古い木とほこりが混ざっていた。館長は売店の奥で黙って伝票をそろえていたが、私が入ってくると顔だけこちらへ向けた。 「また来たのか」 「今日はもっと奥を見たいの」 「勝手に触るなよ」 そう言いながらも、止めはしない。そのぶっきらぼうさが、前より少しだけやわらいでいるのがわかった。私はロビーの壁際に置かれた古い機械に目を向けた。黒い箱みたいな音響装置の横に、色あせた説明札が半分はがれてぶら下がっている。指でそっとめくると、その裏に手書きのメモが貼られていた。特別な夜、二階席、終映後、拍手の合図。たったそれだけなのに、胸が弾んだ。 「これ、昔の催し?」 館長の手が止まる。 「見つけたのか」 「うん。ほかにもあるでしょ」 私は壁際をなぞるように歩き、古いポスターの端、券売機の裏、通路の柱の陰を順に見ていった。すると、同じ筆跡の小さな紙がいくつも出てきた。音を鳴らす位置、光を落とす時間、子ども向けの仕掛け。どれも、映画をもっと楽しく見せようとした工夫に見える。しかも、その間を埋めるように、雑な字で今は使わない、でも捨てるなと書かれていた。 「昔の人たち、ここで特別なことをしてたんだね」 「……派手なことを、な」 館長は視線をそらした。ロビーの明かりが彼の横顔を照らし、そこに長くため込んだ疲れを浮かび上がらせる。私は少し考えてから、機械の側面に耳を寄せた。うなるような音の奥に、かすかな録音が重なっている。人の声に似ているけれど、よく聞くと古い案内の言葉だ。誰かが昔、客を迎えるために残した声なのだ。 「館長、この映画館、ひとりで守ってきたの?」 館長は返事をしなかった。けれど、代わりに古い椅子を見つめたまま、低く言った。 「守るしかなかったんだ。客が減っても、壊れかけても、ここがなくなったら困る人がいる気がしてな」 「自分も、その一人?」 「……そうかもしれない」 その声は、いつもの不機嫌な響きではなかった。私はメモの束を胸に抱えたまま、ふと、これがただの謎探しじゃないことに気づいた。映画館は閉じた箱じゃなく、誰かの思い出をしまっておく場所なのだ。音の正体を探していたはずなのに、私たちはいつの間にか、この建物がどうやって今日まで残ってきたのかをたどっていた。 最後に、私は壁の裏へ続く細い点検口を見つけた。そこに差し込まれた一枚の紙だけ、ほかより新しい。館長の字だった。 来週、昔の催しを再現する。見たい者だけ来い。 私はそれを読み上げて、館長を見た。彼は困ったように眉を寄せ、それでも目元だけは少しだけ笑っていた。

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