私は町の人たちに話を聞いて回った。八百屋のおばさんは、昔の映画館は終わったあとも人が帰らず、店先で感想を言い合っていたと笑った。自転車屋の主人は、雨の日には子どもたちが軒先に集まり、館長が余ったチラシを広げて即席の占いをしたこともあると教えてくれた。役場に勤めるおじさんは、ここがただの上映の場ではなく、町の連絡板みたいな場所だったと言った。映画を見る人も、待ち合わせの人も、涼みに来る人も、みんなここで顔を合わせていたのだという。 私は集めた話をノートにまとめ、翌日、館長の前でページを開いた。ロビーの椅子に腰を下ろした彼は、最初こそ面倒そうに眉を寄せていたけれど、町の人たちの言葉を読むうち、少しずつ目を細めていった。 「みんな、ここに来てたんだね」 「そう。映画だけじゃなくて、会う場所だったんだよ」 私は続けた。 「だから、思い出を閉じ込めたままにしなくていい。昔の音や仕掛けをそのまま置いておいて、案内をつければいいんだよ。これは昔の遊びですって。これは町の人が集まってた証拠ですって。今の人にも、見せてあげればいい」 館長はしばらく黙っていた。古い案内板の影が、彼の手元に細く落ちている。やがて彼は、壊れたフィルム缶をそっと撫でた。 「思い出ってのは、しまっておくものだと思っていた」 「しまうだけだと、出てこられないよ」 その言葉に、彼は苦笑した。いつもの不機嫌な顔なのに、どこか肩の力が抜けている。 「お前は、ほんとうに子どもか」 「今は子どもだよ」 「今は、か」 私はノートを閉じて、胸を張った。 「特別上映会、やろう。昔の音が鳴る理由も、町の人たちの話も一緒に。怖い話じゃなくて、面白い話として。見に来た人が、ここで昔の誰かとつながった気持ちになれるように」 館長はゆっくり立ち上がり、案内板の札を並べ直した。それから、思いがけず穏やかな声で言った。 「なら、試してみるか」 その夜、上映前のロビーには、いつもより多くの靴音が集まった。町の人たちは懐かしそうに笑い、子どもたちはあちこちを覗き込み、古い仕掛けがひとつ鳴るたびに歓声を上げた。館長は入口の脇に立ち、驚いたようにそれを見守っていた。私はその横顔を見上げて、胸が熱くなった。 思い出は閉じ込めるものではなく、手渡していくものなのだ。そう気づいたとき、あの不思議な声はもう怖くなかった。映画館は静かな箱ではなく、時間と人をつなぐ場所へと、少しずつ姿を変えていた。
古い映画館の声
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